あの人の金の神に見惚れるなんてどうかしていた…。
窓から入る夕暮れに照らされたその横顔に、物憂いげに吐かれたため息。

パタリ、と、
閉じられたハードカバーの重たげな本が彼の手から本棚へと戻って、まるで扉のように硬く、目の前を覆っていた。

「どうした…?」
ふとこちらに気付き、その青い瞳で見つめて。
探る様に、愛おしむ様に、柔らかな眼差しで。

夕日を浴びて尚美しい青。
それが今、自分だけのものだと思うと胸の奥が熱くなる。

近づいてはいけないのに、彼は一歩ずつ近寄って、俺の身体を壁際に追い詰める。

「お前は何を見ている…?」

「俺は…いえ、私は…っ」
今更畏まっても、どうでもない相手だけれど、距離をおかないといけに気がして。

彼の手が頬に触れて、どうしようもないくらい震えてくる。

これは恐怖なのだろうか?
それとも違うものなのだろうか?

「そんなに俺の事好き…?」
「はあ!?」
思わず声が裏返った挙句、大きな声を出してしまい、彼はキンキンしているであろう耳を押さえて、それでも俺にまた近づいてくる。
「だって…」


―こんな熱い目で俺の事見ていただろう…?







低く甘い声で囁いてくる声が反則じみている。
ドクドクと心臓が早まって、顔が赤くなっているのがわかる。
「なあ…?」
「…俺は…男ですよ…?」
そんなわけない。
そんなわけ…―。

「…ンぅ…!?」

…彼は今何をした…?
唇が重なって、彼は…何をした…!?
思考が凍る。
何も考えられなくなる。
何も思い出せなくなる。
彼がどんな事を言ったのか、自分は何を考えたのか。



―男だから、なんて言い訳で逃げられるなんて思ってるのか?






甘く酷い声がそう告げたのだけは覚えていた。









―…

―……

―………

―……………







「っていう仲だっていう噂は本当ですか!?」
「誰だそんな気色悪い噂流したのはあああ!!!!!!!」
今にも泣きそうな女の子に尋ねられた噂は、あまりにもダメージのキツイものだった。
何をどうやったらそんな噂が立つのやら。
肝心の俺の上司の好いている女の子に言われた所為か、余計にダメージが強い。
噂の主を見つけ出したら言及してやろう。
フラフラしながら、壁にぶつかりそうな俺を、細い腕が引いてくれる。
「あの…大丈夫ですか…?」
「悪い…」
手がプルプルと震えている。
女の子に支えてもらうなんて涙が出てきそうだ。


体制を立て直すと、俺は彼女にその噂は事実無根である事を告げた。
本当ですか?なんて改めて聞き返されると、泣けてくるから止めて欲しい。
「本当に俺達はただの上司と部下だ…そんな関係なわけないだろう?」
「…すみません!疑っちゃったりして…!」
「まあ…そんなに謝らなくたって良いんだ…」
何度も何度も頭を下げる彼女を止める。そんなに謝られなくたって、これ以上追い討ちをかけられなかったらすぐに立ち直れる。

こちらから笑顔を見せると、彼女もやはり笑い返してきて。
「良かった…」
なんて安堵の篭った声なんて出されたら、怒る気も失せてしまう。

「……も…んだ…」
「何だ?」
「えっ…」
小さな声が聞こえて、何だろうと聞き返すと、頬が赤く染まった顔が下を向いていた。
「何か言ったか…?」
「いえっ…何でも…!」
「気になるじゃないか…何か悩みでもある様子だけど…相談に乗ろうか?」

そう言うと彼女は本当ですか?と俯いた顔を上げ、小さな声で聞き返す。
本当だとも、と返すと先ほどの笑顔が戻ってくる。
幼い彼女の笑顔はただ純粋に可愛らしい。
「…あの…私…好きな人がいるんです…」

「…っ…」
思いも寄らないほど、その一言に動揺する。
彼女に好きな男がいるなら、あの人の思いが通じる事は…。
「その人…」


「オイ…」
話の途中で誰かが遮る。
ふたりで振り返ると、金髪の眩しい雇用主が無愛想な顔で先の廊下に立っていた。
一歩一歩、躊躇いもなく歩み寄ってくる彼に、先ほどまで笑顔だった彼女の顔から笑顔が消えていた。
代わりに、泣きそうな顔になっていた。
彼はそんな彼女の手を引き、真っ直ぐ私室へと進んでいった。

彼が彼女に何をしているのか、俺は知っている。
彼女に好きな相手がいる事も、俺は知っている。



あの人は俺の雇用主であって、逆らってはいけない相手だ。
それもわかっている。


けれど、本当に彼を止めなくて良かったのだろうか?




END

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