―満月の夜。



闇夜の中、風が吹き抜ける。
風の中に紛れ込むのは、青年の歌。

「ほんとのねがいやほんとのおもいをきみがおしえてくれたあのかなあ〜♪」

涼しい風が頬を掠め、彼の歌声はどんどん順調に進んでいく。
夜にそぐわない明るい曲は暗闇とは対照的な、今日の満月の様だ。

月の光は強く、影は濃い。
歌いながら手を動かすと影絵が出来上がる。
いたくそれを面白がり、興味は歌からそちらへと移っていく。

きつね。

犬。

はと。

かえる。


(次は…)
そう考えた途端、影絵は消えた。変わりに大きな影が彼を覆う。
見上げると、大きな月を背に背負った少女の姿が彼の目に映る。

逆光で顔は見えないが、誰だかわかる。
声を聞けば尚更。

「王子!!」

―ほら、あたった。

そう心のの中で呟く。
リイン付きの少女は、彼の逃亡を決して見逃してくれない。
もう皆、自分の逃亡癖には慣れきってしまっているのに、彼女だけは追いかけてくれる。

小さく笑い、彼女の言葉に耳を傾ける。

「護衛を撒くとは何事ですか!?何のために貴方に護衛がついているとお思いですか!?」
金切り声に近い声で、耳元で叫ばれると耳が痛くなるが、それだけ心配されているとわかって嬉しい。

「聞いていますか!?王子!!」

「聞いてるけど…そんな大きな声出したらかえって危ないと思うぞ?」

「…ッ、!!!わかっているなら夜中にお逃げにならないで下さい!」

声がまたいっそう大きくなる。
それでも、この広い草むらの前、闇の中ではあまりにも無意味だ。



「それに、仮にも女の子なんだから、こんな夜中に男とふたりっきりってどうなの?」
「…っ、!王子!!」

また声が大きくなる。

顔を真っ赤にして。


(かーわいー)

見えなくてもモロバレという事に何故気付かないのか。



「貴方が私に勝てるとお思いですか!?」

「仮にも国宝貰える立場だし、きっと勝てるよ?」

赤くなっているのは立場からくるプライドのためか、それとも。


悔しくて視線を下げる。
これが昼間なら、強くこちらを見てくるだろうが、今は夜。
暗闇は光を吸い取っていくか、光に照らされるかどちらかしかない。

どうやら、今日は月の光が強い変わりにこちらの光は弱ってしまったらしい。





一寸の隙。
片手を伸ばしただけで、リオンの身体はリインの身体に影を作る。

ぐいと掴まれた手。

近い顔。

暗くてよく見えない。


「なあ…」


「いい加減にしてください王子―――――――ッ!!!」









何処からともなく現れた拳がリインの頬を打つ。
護衛が王子を殴るとは少々いかがなものかと思う。

そうするよう仕向けたのは自分ではあるが。




「お強いのなら自分の身は自分でお守りください!」

ふんと、息を荒くして彼女はリインから離れていく。
持っていた上着だけをリインに残して。







「恋せよ女の子♪」





彼はまた、そう歌いだす。

彼女が気付いてくれる日を待ちながら。











END

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