愛(バレスタSS:葵慶/マガより再掲)
2006年12月24日 SS「堀之内ぃ、今月の24日、空いてる?」
「えぇ、空いてますけど…どうしたんですか?急に…」
いつもの言い争いをしている拓実達を止めようともしないで傍観する葵が、止めたいのに止められず困惑している慶介に問い掛けた。
彼の言葉に、慶介はホンの少しだけ落ち着きを取り戻す。
喧騒の中、葵の唐突な言葉に首を傾げた。
「映画、一緒に見に行かない?」
「ああ、この間言っていた…」
ニコリと笑いながら言う葵に、やっと合点がいく。
泣ける純愛ラブストーリーと評判の作品が、ついこの間封切りとなった。葵はこの映画を見に行きたいけれど都合がつかないと嘆いていた。
きっと都合がついたから誘ってくれたのだと、慶介は嬉しくなり頷く。
「良いですよ、一緒に行き」
「ねーねーっ!俺も行って良い?」
「…ッ、東君!?」
二郎からの熱烈なハグに、慶介の言葉は遮られる。尻尾をパタパタと振った犬の様に、二郎は輝いた視線を慶介に向けた。
「あっ、東君!ぐるっ、苦し、苦しいですッ!」
ギュウギュウと抱き締めて来る二郎に慶介は苦しむ。
誰かロープを、誰かタオルを。
「コォラッ堀之内!ジロに抱き付かれるなんて羨ましい事しやがって!」
「英治!邪魔するなよ!」
「ジロッ!?」
ロープもタオルもなかったが、二郎と慶介の間を必死に裂こうとした。それも、二郎に嫌われたらどうしようと不安で青くなりながら。
けれど、二郎は離れない。
「ねーっ堀之内!一緒に行こう!な!大勢で行った方がー楽しいだろー!?」
「あっ、東君!ほ、本当に苦しいんです、ぐぁっ!!」
英治が邪魔をしようとすればする程、二郎の締め付けはキツくなる。子供の様にむくれる二郎の頬はやや紅潮していたが、慶介の顔色はどんどん、どんどん青くなっていく。
その様子を見て、葵は止める所かニヤリと笑っていた。
「オイコラ!慶介が苦しんでるのに止めない奴があるか!このボケェッ!!」
机は爆弾だと言ったのは誰だったろうか。
拓実は机を利用して、ただ傍観して止めない葵に蹴りを入れる。
良い音がした。恍惚の表情を浮かべているのは何故だろう。
「たかっ、高原くぅぅうんっ!!?」
「葵ちゃん!」
慶介を抱き締め続けていた二郎も、葵が心配で手を放した。
「大丈夫か?慶介…」
「一応、大丈夫ですけど…って、拓実さーん!?」
いくならんでも頭部に蹴りを入れるのは如何なものだろう。
大丈夫かと問われ、反射的に答えてしまったが拓実の危険な行動に思わず慶介は声を荒げる。
「大丈夫!?葵ちゃん!」
「大丈夫だよ…ところでジロ…」
「なーに?葵ちゃん…」
「コラァッ!葵!ジロとそんな顔近付けんな!」
「24日…」
「聞けやゴラァッ!」
一方、葵は二郎に馬乗りをされ、至近距離で心配されていた。
顔が近い。近過ぎる
この状態でジェラシーを感じない筈がない英治が抗議するが葵の耳には入っていない。完全にシャットアウトされている。
都合の良い耳だ。
葵はポケットから少しシワが出来てしまったチケットショップの袋を取り出し、二郎にチラチラと見せた。
「見たいサッカーの試合があるって言ってたよねー?」
「う、うん!」
まさか。
「僕、チケット持ってるんだよね〜…しかも良い席の」
そのまさか、だった。
葵の手にしていた袋の中には24日のチケット。人気のあるチーム同士の試合であるがためにチケットの倍率は高く、値段も張った。二郎にねだられた英治も、チケットを確保出来ずに地団駄を踏んでいた。
そんなチケットが何故ここに。
「欲しい?」
「欲しい!!」
即答。
嬉しいには嬉しい。むしろ、舞い上がりそうな程に嬉しいが、同時に「しまった」とも思う。
「英治、ジロと一緒に行っておいでよ。そんな怖い顔しないでさ」
まだ嫉妬でいきり立つ英治に、葵はそう満面の笑みで言った。
『ジロと一緒に。』
その言葉は英治にとってどれだけ甘美に聞こえるのだろう。
二郎と一緒に試合を見て、世話を焼き、一緒に応援する。誰にも邪魔されずに。
素晴らし過ぎて、英治の顔が崩れていく。崩れて、というよりも溶けているという表現の方が正しいと思える程に。
他人には見せられるものではない。
「はい、ジロ」
「あ、ありがとう…葵ちゃん…」
「プレミアかかってるからね、楽しんで来てよ?」
満面の笑み。それ故に凶悪だった。
何も言えない、駄々をこねる事も出来ない二郎をよそに、葵は満面の笑みから爽やかさに腹黒さを隠したいつもの顔に戻っていた。
「さてと…拓ちゃーん」
「『拓実さん』って呼べって!何回言えばわかるんだよ!お前はよッ!!」
葵は慶介を叱っている拓実に呼び掛けた。返ってくるのはいつも通りの反応。
ただし、いつもよりお怒りの様子だ。
「お前!」
「なぁに?」
拓実の手が、彼よりも伸長の高い葵の胸倉を掴む。伸長差のせいで、小学生が高校生に勝てない喧嘩を売るように見えてしまう。
実際は拓実の方が年上なのだが、勝負の結果は見た目通りになってしまうだろう。
「何、慶介とふたりっきりで出かけようとしてんだよ!!それじゃぁ、デートみてぇじゃねぇか!!」
「だって、デートだもの」
顔を近付け、慶介に聞こえない様叫ぶ拓実に合わせて葵は小声で、悪びれもせずに言った。
クリスマスに好きな相手と出かけると言ったら、デートしかあるまい。
何を今更。
「慶介には指1本触れさせないぞ!!」
「うーん…もう、手遅れ?」
「何ーッ!?」
葵の口から飛び出たとんでもない発言に、拓実は彼の胸倉をより一層強く揺さぶった。
拓実はそう思っていないだろうが、実際はキスまでしかしていない。まだ清い仲だ。
これで『拓ちゃんったらやーらしー』とでもからかえばどんな反応が返って来るだろうか。
「拓実さん!落ち着いてください!!」
「慶介!俺がお前を守ってやるからな!!」
「へ?」
「まぁ、今更だし?」
「何だとーッ!?」
拓実は結局、葵ではなく慶介に負けた。
葵相手でも十分負け戦ではあったが、慶介の言葉には勝てなかった。
先に負けた二郎は物に釣られて負けたが、自分には葵から受け取る袖の下なんて存在しないと意気込み、邪魔をしようとしたが慶介が拓実の両親の事を思い出してしまった。
クリスマスを一緒に祝ってくれるのだから家族と過ごして欲しいと、慶介に言われてしまった。
慶介のその言葉が、拓実の胸を刺した。
慶介の母は早くに亡くなっている。だから、余計に家族を大切にして欲しいのだろう。
慶介を好いて、大切にしたい拓実はあっさり引き下がった。
誰もかも、葵に阻まれた。
葵を阻もうとしていたと言うのに。
「お願いですから、平手打ちって予告して置いてグーで殴るのは止めてください」
「愛の鞭だと思ってよ」
「愛なんて露程にも感じられないんですけどっ!!」
葵に平手打ちと予告されながら拳で殴られた。
好き合って10年。葵の行動パターンはもう読めるが、こうやって殴って来るのは勘弁して欲しい。
慶介は殴られた頬を撫でながら、これはもうDVで訴えても良いのではないかと考える。
どうせ勝訴なんて出来やしないけど。
「愛だよ、愛」
横恋慕してくる友人達をことごとく排除して、こうやって隣りに立っているのも愛があるから。
10年前、二郎を邪魔するためにチケットを必死に手に入れたのも愛。
拓実に蹴りを入れられたのも愛。
こうやって拳に込めた物も愛。
―堀之内は気付いてくれないだろうけど…。
全部、きっと愛。
END
「えぇ、空いてますけど…どうしたんですか?急に…」
いつもの言い争いをしている拓実達を止めようともしないで傍観する葵が、止めたいのに止められず困惑している慶介に問い掛けた。
彼の言葉に、慶介はホンの少しだけ落ち着きを取り戻す。
喧騒の中、葵の唐突な言葉に首を傾げた。
「映画、一緒に見に行かない?」
「ああ、この間言っていた…」
ニコリと笑いながら言う葵に、やっと合点がいく。
泣ける純愛ラブストーリーと評判の作品が、ついこの間封切りとなった。葵はこの映画を見に行きたいけれど都合がつかないと嘆いていた。
きっと都合がついたから誘ってくれたのだと、慶介は嬉しくなり頷く。
「良いですよ、一緒に行き」
「ねーねーっ!俺も行って良い?」
「…ッ、東君!?」
二郎からの熱烈なハグに、慶介の言葉は遮られる。尻尾をパタパタと振った犬の様に、二郎は輝いた視線を慶介に向けた。
「あっ、東君!ぐるっ、苦し、苦しいですッ!」
ギュウギュウと抱き締めて来る二郎に慶介は苦しむ。
誰かロープを、誰かタオルを。
「コォラッ堀之内!ジロに抱き付かれるなんて羨ましい事しやがって!」
「英治!邪魔するなよ!」
「ジロッ!?」
ロープもタオルもなかったが、二郎と慶介の間を必死に裂こうとした。それも、二郎に嫌われたらどうしようと不安で青くなりながら。
けれど、二郎は離れない。
「ねーっ堀之内!一緒に行こう!な!大勢で行った方がー楽しいだろー!?」
「あっ、東君!ほ、本当に苦しいんです、ぐぁっ!!」
英治が邪魔をしようとすればする程、二郎の締め付けはキツくなる。子供の様にむくれる二郎の頬はやや紅潮していたが、慶介の顔色はどんどん、どんどん青くなっていく。
その様子を見て、葵は止める所かニヤリと笑っていた。
「オイコラ!慶介が苦しんでるのに止めない奴があるか!このボケェッ!!」
机は爆弾だと言ったのは誰だったろうか。
拓実は机を利用して、ただ傍観して止めない葵に蹴りを入れる。
良い音がした。恍惚の表情を浮かべているのは何故だろう。
「たかっ、高原くぅぅうんっ!!?」
「葵ちゃん!」
慶介を抱き締め続けていた二郎も、葵が心配で手を放した。
「大丈夫か?慶介…」
「一応、大丈夫ですけど…って、拓実さーん!?」
いくならんでも頭部に蹴りを入れるのは如何なものだろう。
大丈夫かと問われ、反射的に答えてしまったが拓実の危険な行動に思わず慶介は声を荒げる。
「大丈夫!?葵ちゃん!」
「大丈夫だよ…ところでジロ…」
「なーに?葵ちゃん…」
「コラァッ!葵!ジロとそんな顔近付けんな!」
「24日…」
「聞けやゴラァッ!」
一方、葵は二郎に馬乗りをされ、至近距離で心配されていた。
顔が近い。近過ぎる
この状態でジェラシーを感じない筈がない英治が抗議するが葵の耳には入っていない。完全にシャットアウトされている。
都合の良い耳だ。
葵はポケットから少しシワが出来てしまったチケットショップの袋を取り出し、二郎にチラチラと見せた。
「見たいサッカーの試合があるって言ってたよねー?」
「う、うん!」
まさか。
「僕、チケット持ってるんだよね〜…しかも良い席の」
そのまさか、だった。
葵の手にしていた袋の中には24日のチケット。人気のあるチーム同士の試合であるがためにチケットの倍率は高く、値段も張った。二郎にねだられた英治も、チケットを確保出来ずに地団駄を踏んでいた。
そんなチケットが何故ここに。
「欲しい?」
「欲しい!!」
即答。
嬉しいには嬉しい。むしろ、舞い上がりそうな程に嬉しいが、同時に「しまった」とも思う。
「英治、ジロと一緒に行っておいでよ。そんな怖い顔しないでさ」
まだ嫉妬でいきり立つ英治に、葵はそう満面の笑みで言った。
『ジロと一緒に。』
その言葉は英治にとってどれだけ甘美に聞こえるのだろう。
二郎と一緒に試合を見て、世話を焼き、一緒に応援する。誰にも邪魔されずに。
素晴らし過ぎて、英治の顔が崩れていく。崩れて、というよりも溶けているという表現の方が正しいと思える程に。
他人には見せられるものではない。
「はい、ジロ」
「あ、ありがとう…葵ちゃん…」
「プレミアかかってるからね、楽しんで来てよ?」
満面の笑み。それ故に凶悪だった。
何も言えない、駄々をこねる事も出来ない二郎をよそに、葵は満面の笑みから爽やかさに腹黒さを隠したいつもの顔に戻っていた。
「さてと…拓ちゃーん」
「『拓実さん』って呼べって!何回言えばわかるんだよ!お前はよッ!!」
葵は慶介を叱っている拓実に呼び掛けた。返ってくるのはいつも通りの反応。
ただし、いつもよりお怒りの様子だ。
「お前!」
「なぁに?」
拓実の手が、彼よりも伸長の高い葵の胸倉を掴む。伸長差のせいで、小学生が高校生に勝てない喧嘩を売るように見えてしまう。
実際は拓実の方が年上なのだが、勝負の結果は見た目通りになってしまうだろう。
「何、慶介とふたりっきりで出かけようとしてんだよ!!それじゃぁ、デートみてぇじゃねぇか!!」
「だって、デートだもの」
顔を近付け、慶介に聞こえない様叫ぶ拓実に合わせて葵は小声で、悪びれもせずに言った。
クリスマスに好きな相手と出かけると言ったら、デートしかあるまい。
何を今更。
「慶介には指1本触れさせないぞ!!」
「うーん…もう、手遅れ?」
「何ーッ!?」
葵の口から飛び出たとんでもない発言に、拓実は彼の胸倉をより一層強く揺さぶった。
拓実はそう思っていないだろうが、実際はキスまでしかしていない。まだ清い仲だ。
これで『拓ちゃんったらやーらしー』とでもからかえばどんな反応が返って来るだろうか。
「拓実さん!落ち着いてください!!」
「慶介!俺がお前を守ってやるからな!!」
「へ?」
「まぁ、今更だし?」
「何だとーッ!?」
拓実は結局、葵ではなく慶介に負けた。
葵相手でも十分負け戦ではあったが、慶介の言葉には勝てなかった。
先に負けた二郎は物に釣られて負けたが、自分には葵から受け取る袖の下なんて存在しないと意気込み、邪魔をしようとしたが慶介が拓実の両親の事を思い出してしまった。
クリスマスを一緒に祝ってくれるのだから家族と過ごして欲しいと、慶介に言われてしまった。
慶介のその言葉が、拓実の胸を刺した。
慶介の母は早くに亡くなっている。だから、余計に家族を大切にして欲しいのだろう。
慶介を好いて、大切にしたい拓実はあっさり引き下がった。
誰もかも、葵に阻まれた。
葵を阻もうとしていたと言うのに。
「お願いですから、平手打ちって予告して置いてグーで殴るのは止めてください」
「愛の鞭だと思ってよ」
「愛なんて露程にも感じられないんですけどっ!!」
葵に平手打ちと予告されながら拳で殴られた。
好き合って10年。葵の行動パターンはもう読めるが、こうやって殴って来るのは勘弁して欲しい。
慶介は殴られた頬を撫でながら、これはもうDVで訴えても良いのではないかと考える。
どうせ勝訴なんて出来やしないけど。
「愛だよ、愛」
横恋慕してくる友人達をことごとく排除して、こうやって隣りに立っているのも愛があるから。
10年前、二郎を邪魔するためにチケットを必死に手に入れたのも愛。
拓実に蹴りを入れられたのも愛。
こうやって拳に込めた物も愛。
―堀之内は気付いてくれないだろうけど…。
全部、きっと愛。
END
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