「どうしましたか?シヴァ…」
「えっ、あっ…何でもないよ!」
じっと見つめるシヴァを不思議に思ったらしく、パンドラは逆に首を傾げた。
「そうですか?熱い視線を送られて、私はドキドキしてしまいましたよ?」
「だっ、誰が…っ!」
自分がしていたことが傍目に見てそう見えるのかと驚き、シヴァは声を荒げて顔を赤くした。
どうせいつものからかいだ。――交換条件も、今のこれも、全部。


そう思ったら、また胸の内にもやもやしたものを感じた。
こんな気持ちも、渡してしまえば終わりだとシヴァは腕に抱えたままになっていたものを差し出した。

「パンドラ…これ!」
「何ですか…?」
ぶっきらぼうに差し出した箱を見て、パンドラは問い掛けた。
自分が言った言葉と、日にちと、状況から察して欲しい。
シヴァとしてはそんなつもりは全くなかったが、まるでシヴァがパンドラを呼び出し、愛の告白をしているようではないか。
今は恥ずかしくて顔も赤い。誰かに目撃されたら、誤解され、ユダに伝わってしまうのではないだろうか。
そう思うと顔から血の気が引く。

誰かに見られる前に早く受け取って欲しいと思うのに、パンドラは全く受け取ろうとしなかった。それどころか、先程カサンドラを見下したあの瞳より冷たい目でシヴァの手の平に乗った箱を見た。

「いりませんよ、そんなもの…」
「ぇ…?」
パンドラの口から信じられない言葉が聞こえた。
シヴァは驚きで目を見開いた。――どういうことなのだろうか、それは。
自分から寄越せと言ったくせに、いらないとは何だ。
胸の中にもやもやしたものが、更に溢れ出てくる。いくらなんでも、これはあんまりだ。
そう思ったら、涙が滲んできた。何で、昨日も今日も泣かなければならないのだろうか。

「たしかに…手作りのチョコレートをくださいとは言いましたけど、ユダ殿に渡せなかったものを渡されるの不愉快です」
泣き出しそうなシヴァからパンドラは視線を逸らして、そう言った。
「え?」
「渡せなかったのでしょう?ユダ殿は今朝病院に運ばれたんですからね」
拗ねるような声がシヴァの耳に届く。


(もしかして…勘違いしてる…?)



自分の手の平に乗った箱は、ユダへの贈り物を包んだ箱と全く同じものだ。当たり前だ、ユダへの贈り物に使う予備として買ってあったものを使ったのだから。
パンドラは、あの時これを見ていたのかもしれない。だが、同じ箱がもうひとつあると気付いていないために、勘違いしているのではないだろうか。

「ねえ…」
「何ですか?私はこれで失礼したいのですが…」
「…これはお前のために作ったんだからな」



「…ぇ…っ?」

事実だけを伝えたつもりだ。
それなのに、パンドラはただ驚くばかりで、誤解に気付かない。
「だからぁっ!昨日のはユダに渡せたんだよ!これはお前の!」
それが酷く腹が立って、シヴァは声を荒げた。
ユダへの贈り物を、自分がパンドラになんて送る筈がない。
少し考えればわかる筈だ。これくらいわからないなんて、やっぱり腹が立つ。

「いらないんだったら、もぉ…いいよ…っ」

シヴァは拗ねて視線を逸らした。これでは先程のパンドラと一緒だ。
それが嫌で、シヴァはその場を離れようとしたが、パンドラの手がそれを阻む。
箱を持っている方ではない腕を掴まれ、シヴァは動けない。
「離せっ!」
「待ってください…っ、あの…本当…なんですか…?」
「嘘吐いてどうするんだよ!こんなこと!!」
嘘を吐いたって、余計に悔しくなるだけだ。
この場から早く逃げ出したくて、シヴァは掴まれ腕を引いた。けれど、パンドラの手の力が予想以上に強くて驚いた。
「本当に、私のために…?」
「どうせショボいのだから、人に見せずにすっきりするよ!いらないなんて言われると思わなかったけどね!」
これ以上言わせてくれるな。
どうしても逃げたくて、腕を振りほどこうとするけれどパンドラは決して離そうとしない。
「離せっ…離してくれよ!」
「ごめんなさい、いらないなんて言って…」
ぐっと掴んだ腕が背から伸び、後ろから抱き寄せられる。
シヴァの顔が耳まで真っ赤に染まる。

「…欲しいです、あなたが作ってくれたチョコレート」


耳元で囁かれて、更に顔が熱くなる。
急にそんな風に話すの卑怯だ。

「やめっ…」
「くださるなら、離して差し上げますが…くださらないなら、このままです…」
「やめっ…っ、あげるから離せーっ!!!!」





校舎裏に、シヴァの大声が響き渡る。
そのすぐ後、頬に手形をつけて現れたパンドラの姿に他の生徒が声にならない悲鳴をあげたことをシヴァは知らない。
悲鳴をあげた生徒はパンドラがシヴァに何をしたのかを知らない。



















「お帰り、パンドラ…」
「ただいま…パール」
寮に帰ったパンドラは迎えてくれた小動物に挨拶する。
白くてふわふわの小動物を抱き上げると、手にしていた箱と共に机の上に上げた。

「パンドラ、これはなんだい?」
「クスッ…何だと思う?」
パールの問い掛けに、逆に問い掛けで返してみた。
パールは可愛く首を傾げ、爪先で箱をつつく。
「…そっか、シヴァにもらったんだね」
「何でわかったんですか?」
パールの推測はズバリ当たって、パンドラは驚いた。
そう言うと、パールはやや呆れるように言った。
「だって、パンドラ…すごい嬉しそうじゃないか」



パールは思う。
パンドラは昨日まで不機嫌だった。
シヴァが嬉しそうにユダへのバレンタインの贈り物を作っているのを見てしまったからだ。
本当は自分も欲しいくせに、ユダへの贈り物を奪うのはプライドが許さず、無茶な条件を突き付けた。
どうせ貰えないのだから、からかって、苛めて可愛い反応を見てやろうと思っていた。――それが。


「でも、その頬は何?」
「大したことはないさ…こちらが貰ったものに比べれば……」


チョコレートよりも甘いものを奪ったからこその痛み。



――これは甘い痛みだ。





END

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