※「魔法少女リリカルなのはA’s サウンドステージ01」をまずお聞きください。
――――クラウディアが一時休息を取った時のこと。
「クロノ!」
そう呼びとめられて振り返ると、クロノの義妹であるフェイト・T・ハラオウンの姿があった。久しぶりに直に会う妹の姿に、クロノは自然と目を細める。
「フェイト、久しぶりだな」
「うん、クロノが来るっていうから、オフの日だけどこっちに来ちゃった……」
よく見ると彼女は私服であり、制服ではない。オフショルダーのサマーセーターを着たラフな姿。それは彼女の急ぎようを表していた。自分をジロジロ見る兄の視線に、フェイトもはたと気づいた様で、途端に伏し目がちになる。
「迷惑だったかな…」
「いや…久しぶりに妹に会えて嬉しいよ」
そう言った意味で見ていたわけではないのだが、彼はしょんぼりするフェイトの喜ぶ言葉を口にする。クロノの言葉に、フェイトの表情がぱあっと明るくなる。
にこにこと笑う彼女の姿は可愛く、眩しい。すれ違う見知らぬ職員が彼女の笑顔に釘付けだ。兄としては微妙に心配になるが、普段は管理局の白い悪魔いや魔王―――もとい、エースオブエースがそばにいるから大丈夫だろう。
だが、一応兄として彼女を庇護するべきであろう。クロノはクラウディア内部にある自室へ彼女を誘った。もちろん、下心などない。断じて。
「あのね、クロノはなかなか家に帰れなくて寂しいだろうからって、なのはとユーノが『これ』をくれたの!」
「『これ』?」
デスクの脇から椅子をもう一つ出してフェイトを座らせようとするクロノに、彼女はせっかちに話しかける。
フェイトが鞄から出した数枚のディスクに目を凝らす。ケースには、今目の前にいるフェイトや彼女の友人たちの写真が入っているようだった。
「ユーノが持ってたんだけど、……私たちの想い出を写真が入ったアルバムじゃなくて、音声データにしてディスクに入れたものなんだって! えーっと、『さうんどすてーじ』?って名前らしいよ」
「……………」
それはプライバシーの問題として良いものなのか―――しかも、それを男のユーノが持っていただと?
クロノにはフェイトが一切気にしていないように見える。ポジティブに考えるなら、彼は無限書庫の司書長であるから、データ管理の一環として所持していると。
そう思うとしても無理があるのは承知である。だが、なのはがスルーしているということは、もう彼女の検閲済みなのだろうか。
そんなことを考えているクロノを気にせずに、フェイトは勝手にディスクを再生機の中に押し込む。
「このディスクははやてと知りあう前にね、みんなでスーパー銭湯に行った時のなんだよ?」
「ブッ……!」
クロノは盛大に噴きだす。コーヒーなどの飲料を口に含んでいたら、えらいことになっていた。
よりにもよって何故それを選ぶ。フェイトとしては、クロノがその場にいなかったから、という単純な理由だったのだが、それが彼に伝わることはない。
懐かしいなと呟きながら、フェイトは聴く態勢に入っている。
「ちょっと待てフェイト! 銭湯って……」
「そんなに緊張しなくても音声だけだから問題ないよ?」
そういう問題じゃない。
そうツッコめるものなら、誰か自分の代わりにツッコんでくれ。そう思わざるをえない。フェイトはまったく気にすることなく、にこにこ笑いながらクロノも聞こうよと言ってくる。これは男としてみなされていないのか、兄妹故の羞恥心の軽減か。おそらく前者だろう。音声だけとはいえ、女性の入浴シーンの音声が入っているかもしれないものを聞いて良い訳がない。
兄としては妹が笑っているのは嬉しいが、この状況はあまり嬉しくはない。
どうやってフェイトの表情を曇らせないように断るか、考えようとしていた。
ところが、その思考をフェイトの一言が立ち切った。
「この時、エイミィもいたんだよ?」
―――ガタン。
そう音を立てて座るとともに後悔した。いくら長い間会っていないとはいえ、これはない。今更立つのも不自然で、クロノは諦めておとなしくその『さうんどすてーじ』なるものに耳を傾けた。
そして数分、後悔は更に深まる。
これはプライバシーの侵害ではないのか。何故なのははこれを容認したのか、フェイトはスルーしているのか。クロノは、なのははともかく、ユーノは故意犯であることを知らない。
キャッキャウフフと仲良く笑いあう少女たちの声に、恥ずかしさを感じ、クロノは少々頬を染める。妹がなのはを風呂に誘えないところには微笑ましさを感じたが、はやての守護騎士たちの会話には絶句する。そんなクロノをよそに、フェイトは懐かしいなあなどと呟いている。
クロノは内心焦りながらも、まだ十代の頃の妻の声にいちいちピクリと反応を示していた。自分でも重症であると自覚している。もういっそのこと、妻の声だけに集中してはどうだろうと決め込み、開き直った。
なのはの姉と意気投合をする彼女の言葉に、ほっとけと心の中で呟いたりもした。開きなおれば、意外とどうにかなるものだ。
ところが。
――――――ブッ。
とある場面に差し掛かった途端、クロノの鼻から血が吹き出で、椅子から崩れ落ちる。
「く、お兄ちゃん?!」
突然の鉄のにおいと血の気配にフェイトは驚く。ぼたぼたと流れる血。何故兄は鼻血など。疑問に思うフェイトの目の前で、クロノは四つん這いになったまま、鼻を押さえていた。
「だ、大丈夫だ……」
「大丈夫じゃないよ…っ……え!? どうして!?」
原因は具体的にいうとトラック11開始三秒ほど。フェイトがディスクの再生を止めなかったため、もう一分ほど後に鼻血第二波が。
――――――ブッ。
「きゃあぁっ!」
当然のことながら、フェイトが悲鳴を上げる。その間にも、血が床を汚していく。
オロオロとティッシュペーパーを探すフェイトをよそに、クロノは内心焦る。
(バレるな……! バレるな……! 兄の威厳として!!)
――――バレたら、人として軽蔑されます。
鼻血だけならば、純情で済まされるがこの状態はバレてはいけない。クロノは自分に絶望する。いや、まさか、そんなと心の中で呟く。嫌な脂汗までもが出てくる。
バレるな。バレるな。バレるな。いっそ、フェイトには外まで探しに行ってほしい。
これほど妹の存在を疎ましいと思ったことはないし、これからもきっと無いだろう。いや、無ければ良い。どうして四つん這いの状態から脱しないのか、何となく察してほしいが、察してほしくない。
ぼたぼたと流れる血と流れる汗。兄を心配するフェイトは、どんどんと悪化していく彼の容態に焦りを見せる。
「ど、どうしよう……ぁ、と、とりあえず起き上がって…頭に血が上っちゃう……」
「いや、良い……」
「良くないよ…! もうっ、ごめんね!」
そう言って、クロノが止める前に彼を起き上がらせる。なかなか鍛えているなと褒める間もなく、フェイトはクロノを支え上げる。
ああ、終わった――――。
「え……? きゃあああああああああああ!!!」
フェイトの悲鳴が耳に残る。
とんでもなく恥ずかしい自分の身体の状況が、妹の目に映る。正直泣きたい。
クロノも知らないことだが、フェイトは男性の生理現象についてはそれなりに知っていた。被保護者であるエリオがお年頃であるがゆえに、彼女は育児書などで対処法を学んでいた。遭遇してしまった場合の心構えもある。しかし、それは思春期に突入しているエリオへのものであり、成人していて、しかも兄であるクロノへの覚悟ではない。今までこういう状況にぶち当たったことがないことが彼女にとって幸せだったのか。
「なのは! なのはぁ!!」
「ちょっと待て! フェイト!」
「いやあああああああ!!」
冷静な状況であれば、兄がいる彼女に対応を聞こうとしたのだろうが――――何を思ったのか、なのはに通信を繋ぐ。
パッと表示されたなのはの顔は、まさしく魔王。
「助けるよ! いつだって! どんな時だって!」
いつぞや愛娘に言った言葉をフェイトにまで言ってくる、無慈悲な魔王そのもの。
その決意、言葉は事実であることが、クロノにとっての不幸だった。
次の瞬間、激しい破壊音とともに、クロノの自室のドアが破られる。一応、艦長の私室であるからに、ガードは固いはずだが、こうも簡単に破られては艦内構造をもう一度見直さなければならない。というか、どうやってこの短時間でここまで来た。
その姿はバリアジャケットを身に付けた修羅。よりにもよってエクシードモード。
なのははそっとフェイトを背にかばう。少しは話を聞いてくれ。
「クロノくん……少し、頭冷やそうか………?」
いらない疑惑をかけられている気がする。いや、気がするだけではない。
「いや、なのは……? 誤解しているようだが……」
「星よ集え……」
―――――それは闇の書の意思の、もとい初代リインフォースのセリフだろう。
そんなツッコミを入れる前に、クロノの私室だった場所が桜色の魔力光に埋まる。
そうか、ここは場所が場所であるがゆえに、余剰魔力などいくらでもあるのだろう。そう理解する間すら与えられない。
「スターライトぉぉぉお!」
その姿はまさに、魔王。
「ブレイカああああああああああああああああ!!!」
その後、魔力ダメージが抜けないクロノは長らく帰っていなかった実家に帰ることを許されたが、母と妻の視線の冷たさに、彼は泣きに泣いた。
END
――――クラウディアが一時休息を取った時のこと。
「クロノ!」
そう呼びとめられて振り返ると、クロノの義妹であるフェイト・T・ハラオウンの姿があった。久しぶりに直に会う妹の姿に、クロノは自然と目を細める。
「フェイト、久しぶりだな」
「うん、クロノが来るっていうから、オフの日だけどこっちに来ちゃった……」
よく見ると彼女は私服であり、制服ではない。オフショルダーのサマーセーターを着たラフな姿。それは彼女の急ぎようを表していた。自分をジロジロ見る兄の視線に、フェイトもはたと気づいた様で、途端に伏し目がちになる。
「迷惑だったかな…」
「いや…久しぶりに妹に会えて嬉しいよ」
そう言った意味で見ていたわけではないのだが、彼はしょんぼりするフェイトの喜ぶ言葉を口にする。クロノの言葉に、フェイトの表情がぱあっと明るくなる。
にこにこと笑う彼女の姿は可愛く、眩しい。すれ違う見知らぬ職員が彼女の笑顔に釘付けだ。兄としては微妙に心配になるが、普段は管理局の白い悪魔いや魔王―――もとい、エースオブエースがそばにいるから大丈夫だろう。
だが、一応兄として彼女を庇護するべきであろう。クロノはクラウディア内部にある自室へ彼女を誘った。もちろん、下心などない。断じて。
「あのね、クロノはなかなか家に帰れなくて寂しいだろうからって、なのはとユーノが『これ』をくれたの!」
「『これ』?」
デスクの脇から椅子をもう一つ出してフェイトを座らせようとするクロノに、彼女はせっかちに話しかける。
フェイトが鞄から出した数枚のディスクに目を凝らす。ケースには、今目の前にいるフェイトや彼女の友人たちの写真が入っているようだった。
「ユーノが持ってたんだけど、……私たちの想い出を写真が入ったアルバムじゃなくて、音声データにしてディスクに入れたものなんだって! えーっと、『さうんどすてーじ』?って名前らしいよ」
「……………」
それはプライバシーの問題として良いものなのか―――しかも、それを男のユーノが持っていただと?
クロノにはフェイトが一切気にしていないように見える。ポジティブに考えるなら、彼は無限書庫の司書長であるから、データ管理の一環として所持していると。
そう思うとしても無理があるのは承知である。だが、なのはがスルーしているということは、もう彼女の検閲済みなのだろうか。
そんなことを考えているクロノを気にせずに、フェイトは勝手にディスクを再生機の中に押し込む。
「このディスクははやてと知りあう前にね、みんなでスーパー銭湯に行った時のなんだよ?」
「ブッ……!」
クロノは盛大に噴きだす。コーヒーなどの飲料を口に含んでいたら、えらいことになっていた。
よりにもよって何故それを選ぶ。フェイトとしては、クロノがその場にいなかったから、という単純な理由だったのだが、それが彼に伝わることはない。
懐かしいなと呟きながら、フェイトは聴く態勢に入っている。
「ちょっと待てフェイト! 銭湯って……」
「そんなに緊張しなくても音声だけだから問題ないよ?」
そういう問題じゃない。
そうツッコめるものなら、誰か自分の代わりにツッコんでくれ。そう思わざるをえない。フェイトはまったく気にすることなく、にこにこ笑いながらクロノも聞こうよと言ってくる。これは男としてみなされていないのか、兄妹故の羞恥心の軽減か。おそらく前者だろう。音声だけとはいえ、女性の入浴シーンの音声が入っているかもしれないものを聞いて良い訳がない。
兄としては妹が笑っているのは嬉しいが、この状況はあまり嬉しくはない。
どうやってフェイトの表情を曇らせないように断るか、考えようとしていた。
ところが、その思考をフェイトの一言が立ち切った。
「この時、エイミィもいたんだよ?」
―――ガタン。
そう音を立てて座るとともに後悔した。いくら長い間会っていないとはいえ、これはない。今更立つのも不自然で、クロノは諦めておとなしくその『さうんどすてーじ』なるものに耳を傾けた。
そして数分、後悔は更に深まる。
これはプライバシーの侵害ではないのか。何故なのははこれを容認したのか、フェイトはスルーしているのか。クロノは、なのははともかく、ユーノは故意犯であることを知らない。
キャッキャウフフと仲良く笑いあう少女たちの声に、恥ずかしさを感じ、クロノは少々頬を染める。妹がなのはを風呂に誘えないところには微笑ましさを感じたが、はやての守護騎士たちの会話には絶句する。そんなクロノをよそに、フェイトは懐かしいなあなどと呟いている。
クロノは内心焦りながらも、まだ十代の頃の妻の声にいちいちピクリと反応を示していた。自分でも重症であると自覚している。もういっそのこと、妻の声だけに集中してはどうだろうと決め込み、開き直った。
なのはの姉と意気投合をする彼女の言葉に、ほっとけと心の中で呟いたりもした。開きなおれば、意外とどうにかなるものだ。
ところが。
――――――ブッ。
とある場面に差し掛かった途端、クロノの鼻から血が吹き出で、椅子から崩れ落ちる。
「く、お兄ちゃん?!」
突然の鉄のにおいと血の気配にフェイトは驚く。ぼたぼたと流れる血。何故兄は鼻血など。疑問に思うフェイトの目の前で、クロノは四つん這いになったまま、鼻を押さえていた。
「だ、大丈夫だ……」
「大丈夫じゃないよ…っ……え!? どうして!?」
原因は具体的にいうとトラック11開始三秒ほど。フェイトがディスクの再生を止めなかったため、もう一分ほど後に鼻血第二波が。
――――――ブッ。
「きゃあぁっ!」
当然のことながら、フェイトが悲鳴を上げる。その間にも、血が床を汚していく。
オロオロとティッシュペーパーを探すフェイトをよそに、クロノは内心焦る。
(バレるな……! バレるな……! 兄の威厳として!!)
――――バレたら、人として軽蔑されます。
鼻血だけならば、純情で済まされるがこの状態はバレてはいけない。クロノは自分に絶望する。いや、まさか、そんなと心の中で呟く。嫌な脂汗までもが出てくる。
バレるな。バレるな。バレるな。いっそ、フェイトには外まで探しに行ってほしい。
これほど妹の存在を疎ましいと思ったことはないし、これからもきっと無いだろう。いや、無ければ良い。どうして四つん這いの状態から脱しないのか、何となく察してほしいが、察してほしくない。
ぼたぼたと流れる血と流れる汗。兄を心配するフェイトは、どんどんと悪化していく彼の容態に焦りを見せる。
「ど、どうしよう……ぁ、と、とりあえず起き上がって…頭に血が上っちゃう……」
「いや、良い……」
「良くないよ…! もうっ、ごめんね!」
そう言って、クロノが止める前に彼を起き上がらせる。なかなか鍛えているなと褒める間もなく、フェイトはクロノを支え上げる。
ああ、終わった――――。
「え……? きゃあああああああああああ!!!」
フェイトの悲鳴が耳に残る。
とんでもなく恥ずかしい自分の身体の状況が、妹の目に映る。正直泣きたい。
クロノも知らないことだが、フェイトは男性の生理現象についてはそれなりに知っていた。被保護者であるエリオがお年頃であるがゆえに、彼女は育児書などで対処法を学んでいた。遭遇してしまった場合の心構えもある。しかし、それは思春期に突入しているエリオへのものであり、成人していて、しかも兄であるクロノへの覚悟ではない。今までこういう状況にぶち当たったことがないことが彼女にとって幸せだったのか。
「なのは! なのはぁ!!」
「ちょっと待て! フェイト!」
「いやあああああああ!!」
冷静な状況であれば、兄がいる彼女に対応を聞こうとしたのだろうが――――何を思ったのか、なのはに通信を繋ぐ。
パッと表示されたなのはの顔は、まさしく魔王。
「助けるよ! いつだって! どんな時だって!」
いつぞや愛娘に言った言葉をフェイトにまで言ってくる、無慈悲な魔王そのもの。
その決意、言葉は事実であることが、クロノにとっての不幸だった。
次の瞬間、激しい破壊音とともに、クロノの自室のドアが破られる。一応、艦長の私室であるからに、ガードは固いはずだが、こうも簡単に破られては艦内構造をもう一度見直さなければならない。というか、どうやってこの短時間でここまで来た。
その姿はバリアジャケットを身に付けた修羅。よりにもよってエクシードモード。
なのははそっとフェイトを背にかばう。少しは話を聞いてくれ。
「クロノくん……少し、頭冷やそうか………?」
いらない疑惑をかけられている気がする。いや、気がするだけではない。
「いや、なのは……? 誤解しているようだが……」
「星よ集え……」
―――――それは闇の書の意思の、もとい初代リインフォースのセリフだろう。
そんなツッコミを入れる前に、クロノの私室だった場所が桜色の魔力光に埋まる。
そうか、ここは場所が場所であるがゆえに、余剰魔力などいくらでもあるのだろう。そう理解する間すら与えられない。
「スターライトぉぉぉお!」
その姿はまさに、魔王。
「ブレイカああああああああああああああああ!!!」
その後、魔力ダメージが抜けないクロノは長らく帰っていなかった実家に帰ることを許されたが、母と妻の視線の冷たさに、彼は泣きに泣いた。
END
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