※SSS「ジャケットは義妹の手で隠れていたようですよ」(http://73676.diarynote.jp/201002040127487196/)の続きです。
※「魔法少女リリカルなのはA’s サウンドステージ01」をまずお聞きください。
※十五歳未満の方は閲覧をご遠慮ください























「もう、昼か……」

 窓の外からの喧騒に、クロノはそっと目を覚ます。ぐっすりと眠れるのは良いが、外からの騒音に弱いところが、鳴海の家の悪いところだなと一人ごちる。
 先日、状況を誤解したなのはから、彼女の高威力集束魔法・スターライトブレイカ―を至近距離から喰らい、クロノは念願の休日を頂戴していた。正直、この休日は彼の中でも想定外のできごとである。まさか、あんな身体的状況に陥ると思わず、また、まさかなのはがバリアジャケットを身に纏っていないクロノへ、スターライトブレイカ―を発射するとは、誰もが夢にも思うまい。
馬鹿魔力といわれるほど多大な魔力を有したなのはが自爆した時でさえ、魔力がエンプティになるほどの魔法だ。普通の魔導師よりは魔力に恵まれていて、かつ提督にまで上り詰めたクロノではある。それでも、なのはよりも魔力量の劣る彼の身体からは魔力ダメージが抜けず、休息を得るため、こうして数日間の休日を手に入れることができた。

 怪我の功名。

 そう捉えられたらどんなに良いことか。クロノは一昨日の朝に管理外世界にある自宅に帰宅し、ベッドに倒れこむようにして、眠りに落ちた。そうして、昨晩目を覚ましたクロノに対し――母と妻の視線は冷たかった。

―――誤解だ。

 そう、再び口にすることもためらわれた。なぜなら、そう口にしたところで、ろくなことにならないと、クロノはなのはから学んだ。
 痴漢冤罪とはこんな気分なのだろうかと、再び薄れていく意識の中、クロノは思った。だが、彼の身体的状況は、世間的に冤罪ではなく有罪と扱われる状態であった。それでも、彼は冤罪だと訴えたい。クロノの身体の一部が主張を始めたのは決して、器量が良く、実母に似た出るところは出る、引っ込むところが引っ込んだ体型を持ち、更には性格まで良く、仕事もできる、完璧超人のような義妹のせいではない。断じてない。原因であるものを彼の前に持ってきたのはフェイトであったが、断じてフェイト本人が原因ではない。断じて。
 そうだ。自分は妻以外をそういう目で見ることはなくなっているのだと、そう主張したい。だが、そんなことを女性たちに言うわけにもいかず、今はこうして沈黙を保っている。いや、沈黙せざるを得ない。

「なのはめ……」
 そう憎々しげに呟いて、起き上がろうとしても、身体が痛みを訴えて、起き上がることすら苦痛になる。一日前の、猛烈な疲労感こそ抜けたが、身体を走る痛みは抜けきってはくれない。
 クロノ本人にも予期せぬできごとであったが、セクハラ、もしくは変質者まがいの兄の姿を見たフェイトへの償いだと思えば良いのだろうか。それにしたって、これはいくらなんでも、ダメージがでかすぎる。大体、こちらもある意味被害者だ。
「一体、何ヶ月ぶりだと思ってるんだ……」
 少々下世話な話である。とてもじゃないが、妹や妹のそばにいるエースオブエースもとい管理局の白い悪魔いや魔王、母であるリンディにはとてもじゃないけど言えやしない。言えるとしたら、妻であるエイミィ本人か、笑って流してくれるアルフくらいである。友人であるヴェロッサは、『うん。君らの性生活については何もツッコまないから。たとえ、君が緊縛趣味であろうが、年上のお姉さんに責められるのが大好きだろうが、実はロリコンでしたとか言い出しても、僕は君の友人であることを止めないよ☆』などと言ったので、除外する。もちろん、クロノは知らないが諸悪の根源であるユーノも却下だ。


 ただ会いたかっただけだったのだが、どうしてこうなって、エイミィに白い目で見られるのか。子どもたちにだって会いたいのに、会えていない。そう思えば思うほど、クロノの気は暗くなる。

「……っ…」
 スターライトブレイカ―の直撃を受けた肩が痛む。脂汗が滲んで、クロノの頬を汚した。
 決して『誤解だ』とは言わずに、なんとかエイミィにだけでもエイミィにだけは誤解を解きたい。だが、つい数分前に起き上がろうとして、痛みでまた倒れこんだ身体はいうことを聞いてくれそうになかった。
 外の喧騒と、時計の音しか聞こえない部屋で、意識だけは保っている。丸一日寝た身体は、再び眠りにつくことを許してはくれない。もっとも、肩が痛んで意識は飛んでくれないだろう。
 そう、しばらく考え込んでいると、ベッドから少し離れたドアが少し開かれる。リンディとエイミィはここには来てはくれないだろうし、フェイトは自分の姿を見ては涙目になっていたから同様だろう。ならば、無難にアルフか、もしくはカレルとリエラか。そう思っていたクロノの瞳に映るのは、子どもの姿をとっているアルフとも、事実子どもである彼の子どもたちの手でもない、ドアからそろりと出された、成人女性のか細い手だった。クロノは寝室に入ってくる可能性のある三人の女性それぞれに後ろめたさを感じている。そのため、反射的に寝たふりを決め込んでしまう。


(母さんか……? それとも……)
 当たったのは、二つ目の可能性だった。音をたてないようにドアをゆっくりと開き、ぴょこんと伸びたアホ毛を揺らしながら、室内をキョロキョロと見渡している。その手には、湯気が立った土鍋。腕にはタオルがかかっていた。
「まだ……寝てるよね……?」
 そろりそろりとエイミィが足を進める。手にしていた土鍋は再度テーブルに置かれ、彼女はそっとベッドの縁に腰掛ける。
「…………浮気者」
 寝たふりを決め込んでいるのがいけないのだが、不穏な言葉がクロノの耳に届く。エイミィの細い指が、クロノの髪をはらはらと払い、タオルでそっと汗を拭う。その手を、クロノは力強く握った。
「えっ……」
「…っつ……浮気者だなんて、言いがかりもいいとろだな……」
 驚く彼女の腕を掴んだまま、クロノは肩の痛みを無視して起き上がり、細い身体を強引に自分のもとへ引き寄せる。ぽふりと音を立ててクロノの胸に誘われたエイミィは、大した抵抗も見せないが、久しぶりの夫の腕の中を喜ぼうとはしなかった。
「だって……」
「だって?」
 エイミィが力なく呟いた言葉を、クロノが繰り返す。普段の元気な姿とは対照的な、暗い声音で彼女は続ける。
「フェイトちゃんから話は聞いたよ?」
「フェイトに劣情を抱いたことなんて、ただの一度だってない」
 クロノは、とっさに『誤解だ』とは言わずに弁明を試みる。あまりの直球ぶりに、少し後悔した。
「知ってるよ? でもさ……」
「でも?」

――――フェイトちゃんだとは限らないんじゃない?


妻の、若干冷たい声が耳に刺さる。事実、フェイトが相手ではない。今、腕の中にいる君のせいだといったところで、信じてもらえる様子ではない。それでも、エイミィを離すまいとクロノは腕に力を込める。
「たとえば、シグナムとかシャマルとか……もし、美由希ちゃんだったら、彼女の友人としてクロノくんを許さないから……………」
 クロノに比べたら圧倒的に小柄な身体を抱きしめるクロノの耳に届くのは、やけに具体的な名前。当時九歳のなのはやはやて、実年齢はともかく外見年齢は小学生であるヴィータを挙げられるよりはまだマシだが、自分を疑っているとしか思えない人選に、クロノはむっとする。どうしてそこで一番疑わしい自分を除外するのだろう。
「……そこまで疑うというなら、僕にも考えがある」
「え……?」
 困惑するエイミィをよそに、クロノは痛む腕を伸ばし、音楽再生機のリモコンへと手をかける。携帯電話をデバイスと呼んでいたころよりは、彼はこの土地の機械に慣れていた。ピッピと音をたて、再生されたのは件の『さうんどすてーじ』なるものだった。なのはに撃ち倒されたあと、どさくさに紛れて持ち出した―――理由は聞くな。
「クロノくん?」
「このまま、一緒に聞いてくれ」












――――一方、クロノたちがいる部屋の隣の部屋では。


「うう……どうしよう、母さん…私、お兄ちゃんの顔がまともに見れないよ……」
「そうねえ……エリオならともかく、クロノだものねえ……」
 そこにはクロノの義妹であり、ことの発端であるフェイトと、クロノの母であるリンディがいた。たまたま休みが重なったのか、それともクロノが心配だったのかと言われれば、もちろん後者である。息子に冷ややかな視線を送ったとはいえ、リンディも魔力エンプティ状態で沈んでいる息子を放っておくほど非情ではない。
 対して、フェイトは涙目になりながら、しょんぼりとしてリンディの横に座っている。リンディの言葉通り、兄のアレな状態を見てしまったなら、こうなってもおかしくはない。ただ、彼女も成人している。クロノとエイミィが結婚する前から二人のそばにいるにも関わらず、そういう場面に直面したことがないのは、彼女にとって幸運だったのか不幸だったのか、リンディにも判断はつかない。正直、リンディは何回か目撃しているが、見て見ぬふりをしている。それが親心だ。フェイトだってそうだろう。仮にエリオがそういう状態になった場合、そっと見て見ぬふりをしていただろう。しかし、今回の場合は兄であるクロノだというのが問題か。

「うーん……フェイトも、そういう生理現象のことは知っているのよね?」
「うん……でも実際、そういう場面になると……本当は思ってなくて……」
 フェイトにだって本当はわかっている。男性なら仕方がない。もう、とっくに遅い二次性徴も終わっている成人男性なのだから、そういう機能が正常に作動しているのは当然だ。当たり前のこと。その当たり前のことを、いまいちわかっていなかったのだ。
「ちなみに、エリオの場合は?」
「……一度もないです……」

 むしろ、フェイトよりスバルやティアナの方が目撃している回数は圧倒的に多い。キャロについては言わずもがな。そのことを、フェイトは知らない。エリオとしても、知られたくないだろう。








―――場面は変わってクロノの寝室。


 再生が始まってから数分、エイミィは時折不審そうな目でクロノを見つめたが、黙ったまま彼の腕の中におさまっている。逃げようとしても、結局は簡単に捕まってしまうのがわかりきっているのか、彼女は大人しい。小さいフェイトがなのはと一緒にお風呂に入ろうと誘おうか誘うまいか悩む場面では、笑みも見せる。
 けれど、クロノの意図は見えていない。ただ、ぎゅっと身体を引き寄せているだけだった。
 そのまま、ずっと場面は進む。シャマルが風呂焚きを失敗する場面が過ぎ、なのはたちが脱衣所で着替えるシーンはエイミィが飛ばした。はやてと、ザフィーラを除く守護騎士一同が着替える場面に切り替わり、エイミィの身体が強張るが、何もない。二度目だから何もないのかと、自分を抱きしめるクロノの様子を伺う。疑うそぶりを見せうと、クロノの表情がまたむっとする。


―――そして、問題のシーン。



 エイミィは、はたと気づく―――自分の腰というか、尻に当たる感触は何だろう。
「……これでわかっただろう?」
 恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、けれど自信たっぷりに、クロノはエイミィに話しかける。
「や、やだなあ……どうしちゃったの? クロノくん」
 先ほどとは違った意味で緊張する。それはクロノも一緒だ。誤魔化しながら身を捩り、彼の腕から逃げ出そうとするエイミィをクロノは逃がさない。むしろ、よりわかるように抱き込める。
「せ、セクハラですよ……クロノ提督っ」
「…エイミィ……」
「……むぐっ」
 頬を染めながら暴れてでも逃げようとするエイミィの唇を強引にふさぐ。どさくさに紛れて彼女の身体を動かし、自身と向き合う形にさせ、無理のないように口づけを続ける。
 久しぶりの感触にとどまることを知らない。触れるだけのものではなく、親愛の意味でもなく。ただ貪るように唇を重ねた。
「エイミィ……っ」
「んーっ、んぅっ……ぅあ……」
「……エイミィ…エイミィ……っ」
 ほんの少しの間だけ唇を離したかと思うと、繰り返し妻の名前を呼ぶ。呼吸がまともにできないほど求められ、エイミィの肩が上下に動く。夢中になればなるほど、何もかもがどうでも良くなってくる。疑ったり、疑われたりしたことも―――今、この家に誰がいるのかということも。

















「ううっ、どうしよう……母さん……」
「そうだ! こう考えてみてはどうかしら?」
 兄がどうなっていることかも知らずに、どんどんと深刻な考えに至って涙を流している。ギシギシというきしむ音に気付かないほど、彼女は思いつめていた。そんなフェイトに、リンディは、思いついた! と言わんばかりに、拳を手のひらに叩きつけた。
「クロノはもしも、エリオのそういう場面に出くわすことがあった時のための練習に付き合ってくれた……っていうのじゃ、ダメからしらね?」
 駄目だろう。そうツッコむ権利があるエリオは本日真面目に仕事中だ。
 フェイトはリンディの発言にキョトンとする。そんなフェイトにリンディは続ける。
「うちには男の人はクロノしかいないし、まあ見たことがないっていうのはしょうがないわ……でもね、実際にそういうことがある人と知識でしか知らない人はやっぱり違うと思うのよ」
 フェイトもやはり実の父親というものを知らない。そばには女性ばかりで、こうやって困惑するほどに彼女は男性慣れしていない。
「クロノに、男親の代わりをやれとは言えないけど、せめてあなたがエリオに対してちゃんと向き合えるかの練習に付き合ってくれるくらい、良いと思うわ」
 リンディはシレっと矛盾に満ちた言葉を口にする。パニックを起こしているフェイトには真っ当な言葉に聞こえた。無理があるだろう。そうツッコミを入れる権利があるクロノは現在取り込み中だ。
「うん…そ、そう思えば大丈夫かな……」
 素直なところは美点だが、時として毒になるとはこのことか。リンディはあっさり流される愛娘に不安になる。これはこれでどうかしらねなどと思っている時、ふと耳に息子の声が届く。夢中になるのは構わないが、自宅に誰がいるのか把握くらいしてほしいものだ。










「エイミィ……」
「……っ、クロノくん………」
 思い悩んでいた妹をよそに、兄は呑気なものである。感覚的に妻の誤解が解けたことを察し、ことを運んでいた。ただの抱擁が、口づけへと変わり、しまいにはエイミィの背がベッドに触れていた。覆いかぶさるように身体を重ね、何度も何度も口づけた。
結婚してから早数年。改めて、彼女が好きなのだと、嫌というほど自覚させられた。触れたいと思うのも、口づけを交わすのも、すべて彼女にだけだと、今まさに体感している。
「ごめんね……」
「こちらこそ、ごめん……」
 どれを指してのごめんなのかはわからない。理性が崩れかけた頭ではまともな判断なんてできやしなかった。手のひらと手のひらを重ね合わせ、頬を染めて自分を見上げるエイミィを、クロノは好きだと思った。



「エイミィ………」
「クロノく……」








「聞こえてるわよー。クロノー」



 今まさに理性のタガを外そうとした瞬間、母の声が聞こえ、ギクリとする。互いに触れようと夢中になっていた頭が、我にかえる。外の喧騒が聞こえるなら、逆もあり得るのだと知っていたはずだ。何故忘れてしまったのか、自分でもわからない。
「フェイトの耳はふさいでるから、これ以上兄として恥ずかしいことをしないでちょうだいねー」
 本当に、全部聞こえていたようだ。二人の顔が羞恥に染まる。顔から火が出るとはこのことだ。
「あああ、ああ! 母さん!」
「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから、もう少しだけフェイトちゃんの耳をふさいでてください!」
 兄としても、兄嫁としても必死だ。兄のあんな状況を目撃した揚句、兄夫婦が状況をわきまえない行動に出たりしたら――――今度はブラスターを使用されるかもしれない。





















「あら?」
 リンディがフェイトの耳をふさぎ、クロノに対してしょうがない子ねとため息を吐いた時、ふと彼女に大人しく耳をふさがれた娘の服装が目に入る。
「あの……母さん?」
 そう訪ねてきた娘の格好はやけにセクシーだった。すらりとしていながら豊満な身体を包むのは黒のキャミソール一枚。細かいレースが入っていたりするが、やけにシンプルで薄手だ。
「ねえ、フェイト……ずいぶんと薄着だけど、どうしたの?」
 普段の彼女の格好はどちらかと言えばガードが堅い格好であるか、ボーイッシュな印象を与えるものが多い。そんな彼女がやけにセクシャルで女性的な格好をしている。まさか実母の服の趣味が遺伝したわけでもあるまいに。
「え、あ……なのはが…選んでくれたんだ。私に似合うって言ってくれて……」
 自然とフェイトの顔がほころぶ。ポケットから携帯端末を持ちだし、フェイトはリンディに画像データを見せる。それにはフェイトとなのはのツーショット。何故だか、やたらとセクシーな服装が多かった。
「これ、全部なのはが私のために選んでくれたんだ」
 しまいには、先ほどの泣き顔はどこへやら。ニコニコと笑いだすフェイトに、リンディは不安を隠せない。男性が服を送るのは下心があるからだといったものだが、女性が女性に服を送る場合はどうだろう。とりあえず、リンディはそっとなのはを呼び出した。







――――数日後、やつれた様子のなのはは、ついカッとなってやった、今は反省してると、クロノの前で口にした。それが、スターライトブレイカ―のことを指してなのか、それともフェイトを自分好みに仕立て上げていることなのかは、フェイトの兄であるクロノには、いろんな意味で判断がつかなかった。








END

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