※某所でアップしたSSの全年齢対象版です
※かすかに性的な描写がありますのでご注意を

















 ある日のこと―――。

「フェイトちゃん、そういえばクロノ君元気?」

 機動六課の食堂で、たまたま同じ時間に部隊長と隊長陣が一緒に食事を取っていた。ヴィータが新人たちの書類作成についての指導を行っているため、三人は少々の時間の余裕ができていた。なのはは一緒に指導を行うと言っていたが、彼女の身体を心配したヴィータが追い返した。フェイトは外での調査の進展を報告しに来たついでに食事を取ろうと、たまたま食堂に着ていただけだったが。
 はやてはそんな二人を見て、無理やり食事の時間を捻出した。戻ったら、書類の山が彼女を待つ。

「どうしたの? いきなり」

 はやての突然の発言に、フェイトはフォークを動かしながら首を傾げた。
本日のフェイトの昼食のメニューはスパゲティとサラダとコーンスープだ。スバルやエリオと違い標準の一人前。

 彼女ははやてに視線をやったまま、手元も見ずにフォークでスパゲティを巻き取り、口に運ぶ。なかなか美味しい。

「いやあ、六課のことで相談とか、聖王教会でカリムを挟んで会議とかはするんやけど、最近、友だちとしての会話はさっぱりなんよ。ほら、クロノ君って、仕事の話してる間はずっと険しい顔してるやろ?」

 友人としての会話でなら柔らかい表情も見せるが、仕事中はずっと無愛想を貫き通している。真面目すぎて、難儀な性格をしている。仕事ではバリバリ元気にやっているようだが、私生活でのメンタル的なものや、健康の面ではどうなのだろうと疑問に思ったらしい。

 フェイトに疑問をぶつけると、はやてはきつねうどんをすする。
ちびたぬきなのにきつねうどんとはこれいかに。

 本日のはやての昼食のメニューはきつねうどんとお茶のみ。部隊長と分隊長が第97管理外世界の出身のためか、機動六課の食堂では月に一回、それに合わせた特別メニューが出る。今日はその日で、はやてはそれを選んだ。周りの隊員も何人かは面白がって注文しているようだ。はやては今日はデスクワークのみなので、控えめらしい。

「あ、それ、わたしも気になる!」

 続いて、なのはがベーグルサンドを頬張りながら、はやての言葉に同意する。

 本日のなのはの昼食のメニューは野菜とサーモンのベーグルサンドと、クリームチーズとベリーのベーグルサンド、それに加えてミネストローネとオレンジジュース。やはり、教え子たちとは違って標準の一人前だ。だが、本日は教導を頑張ったためか、少々多めのようだ。



「うーん、わたしも最近クロノに会ってないなあ」

 忙しいし。それはどちらがなのかは、はやてには聞けなかった。フェイトにしても、件のクロノにもしても、忙しくした原因は自分だからだ。
 苦笑いをするはやてに、なのははクスクス笑う。

「でも、リンディさんとはよく連絡取ってるよね? 何か聞いてない?」
「あ、この間、母さんに連絡したら、久しぶりにあっちに帰ってきたって言ってた」

 あっちとは妻子と母が待つ海鳴の家。単身赴任中のクロノお父さんはなかなか休暇が取得できないと嘆いていたが、大丈夫なのだろうか。はやてたちが恐る恐るフェイトに尋ねると、その時も一泊するほど休みは取れず、朝から夜中までの短い時間の帰宅だったらしい。
 それではかえって疲れるだろうにと、はやては兄のような友人の健康を憂い、頭を抱えた。

「あかんやん。クロノ君、お疲れなんとちゃう?」
「うーん、でも、嬉しそうだったよ?」

 病は気から。体力的な意味では回復しなくても、精神的な方向で回復するつもりなのだろうか。最愛の妻と愛しい子どもに会えば、大丈夫なのかどうかは、未婚三人娘にはわからない。多分、十年経っても結婚の予定はないだろう。

重い責任を持って働くお父さんは大変だ。

「あれ? でも、リンディさんに連絡したんだよね?」
「うん」
「クロノ君とも喋ったの?」
「ううん?」
「ん?」

 なのはとはやてはフェイトの言葉に首を傾げる。フェイトの発言は、まるでクロノの様子を見たかのようなものだった。でも、フェイトが連絡をしたのはリンディで、クロノではない。
 不思議そうな顔をする二人に、フェイトは爆弾を落とす。

「母さんと喋ってたら、後ろにクロノが映りこんでてね……えっと、エイミィに膝枕してもらってた」

 だから、嬉しそうだったと。フェイトの発言に、なのはとはやては飲み物を吹き出しそうになる。フェイトはそんな二人の様子を気にする様子もなく、ニコニコと笑いながら、サラダを頬張る。気にされない二人は驚愕のあまり震えた。

 あのクロノが、妻の膝枕で嬉しそう。

「え?」
「え?」






   ◇◇◇






―――時間は遡り、まだはやてが中学生だったころのこと。



「うー……疲れたぁ……」
「大丈夫? はやてちゃん」
「大丈夫じゃないですぅ……」

 歩くロストロギアが因縁溢れるアースラの食堂のテーブルに突っ伏し、だらけている。一応、真面目で可愛い捜査官で通っているはずだが、その表情は荒み、とても少女のものだとは思えない。

 はやては合同捜査ということで、アースラに合流していた。捜査は難航し、艦長のクロノも執務官のフェイトも捜査官のはやても、頭を悩ませている最中だ。
その様子を見かねたエイミィは、会議中に特にまずそうなはやてだけ連れ出し、食堂で休憩を促す。彼女の手には温かいココア、砂糖多め。糖分とカルシウムを摂取して、少しでも落ち着いてもらおうとしたのだが、どうやらココア程度では治まりそうにない。
 あまりにもげんなりした様子のはやてに、優秀な魔導師で捜査官というのもの大変だと、艦長とそろって優秀で通っている管制指令は他人事のように考える。心配しているのは本当だが、彼女がオーバーSランク魔導師ということもあって、なんだか世間の評価とエイミィの中のはやてのイメージが乖離しているように思えた。
エイミィの中のはやてはどちらかといえば、ほんわかして、可愛くて、家庭的な少女で、でも芯が通った―――でも。


「大人おっぱい分が足りてへーん」


―――強烈なおっぱいマイスターで。

 決してシュークリーム分とか、可愛くも女子としては切実な表現ではない。
はやての発言にエイミィは苦笑いした。彼女がどんな評価をされようが、この夜天の王は夜天の王でしかない。

「はやてちゃん……あたし、こないだフェイトちゃんの胸を揉んでたって、なのはちゃんに泣きつかれちゃったよ?」

 それでは足りないのかと、エイミィは呆れながらはやてに問う。好きな女の子が自分とは違う人間に胸を揉まれていたなんて、中学生にとっては衝撃だろう。友人のそんな気持ちをわかっているのか、わかっているからタチが悪いのか。
 エイミィの問いに、はやては両手をわきわきと動かし、熱弁をふるう。

「少女のおっぱいと、女性のおっぱいは違うんです!」

 彼女の出身地の訛りが若干入った口調で、はやてはまくしたてた。
 膨らみかけの、より繊細な胸の柔らかさと、まだ開拓されていないが故の硬さ。触れたら壊れてしまいそうな儚い存在であるからこその、一瞬の輝き。それとは反対に、少女から女性へと変わった胸への楽しみはまた別物である。豊満に育っても良い、控えめに育っても良い。まるで母になったかのように大きな胸も、まるで子どものままのような小振りな胸も、そこには夢と愛が詰まっている。開拓されたものは開拓された故の柔らかさと温み、開拓されていないものにはこれから開拓する喜びを感じ、胸が高鳴る。
 そう熱く語るはやて自身の胸も成長中の少女のものだが、言っている言葉はただのオヤジである。

「女の子おっぱいはフェイトちゃんに限らず、すずかちゃんたちにも揉ませてもらってるので足りてますがぁ、シグナムも忙しくて大人おっぱい分が足りてへーん!」
「しゃ、シャマルじゃ駄目なの?」

 ヴィータは勿論論外だとして。外見年齢十九歳のシグナムではなく、外見年齢二十何歳なシャマルではいけないのか。戦闘訓練やら何やらに駆り出されているシグナムではなく、医務官として内勤のシャマルでは。
 エイミィの素直な疑問に、はやては上げたテンションを下げ、げんなりした様子で答える。

「オヤジどもからセクハラ受けてるシャマルにそんなことできへん……」

 管理局の暗部が暴かれた気がした。
 美人で、可愛くて、実年齢はともかく見かけは若い女性医務官。しかも、胸は本人はシグナムに対抗心を燃やしているが、はやてのおっぱいセンサーにひっかかるレベル。
 セクハラのターゲットになる可能性は十二分にある。どこの組織にも、女性にセクハラを行う男性というものはつきものなのか。女性の言う『セクハラ』というのは、何割かは自意識過剰であるが、ここでいうセクハラは正しくセクハラのようだ。
はやても一応は自分の行動がセクハラに当たると自覚があるのか、自重している。だから、シグナムがターゲットなのか。

「まあ、セクハラしてきたオヤジどもはみんなリンカーコアぶち抜かれてるらしいんやけどな」

 ハラワタではない。
さすが、あのなのはのリンカーコアを蒐集しただけのことはある。おかげで、シャマル以外の医務官は大忙しだ。リンカーコアを持たないオヤジどもは何をぶち抜かれているのかが大変気になる。

「それでも、セクハラはセクハラやー……シグナムだったら、セクハラなんて受けるほど隙があるわけないから確実なのにぃ……シグナムも忙しゅうて、すれ違い生活なんですぅ」

 シグナムが帰宅するとはやてが寝ている。はやてが起きると、シグナムは寝ている。これが新婚であれば、喧嘩のもとで、離婚の危機だ。これからのクロノも気をつけるべき状況である。
 大切な家族とすれ違い生活で、心が荒んでしまう気持ちはわかる。わかるのだが、その手つきはあまりにもいやらしかった。

「だから、エイミィさん……ちょお、おっぱい揉ませてください」
「いきなりセクハラだね」

 こんな話を振るはやてが次に口にする言葉なんてわかっていた。むしろ、先ほどまでの言葉はただの前振りである。
 あうあうあうと悶えるはやてに、エイミィは考え込む。いくらなんでも、知り合いではない女性に、いきなりおっぱいを揉ませてくださいとは言わないだろうが、今のはやてを見ていると少々不安だ。うっかり理性の箍が外れて、怪盗三世ダイブをしたりしないだろうか。あり得るような、さすがにあり得ないような。可能性がゼロではない以上、そんな事態にならないよう努めるべきではないのか。
 エイミィは、ハアと大きくため息を吐き、腹をくくる――後に、アースラ艦長であるクロノは語る。お姉さんらしく受け止めるのは自分の情動だけで良いと。


「しょうがないなあ……じゃあ、お姉さんの胸に飛び込んできなさい!」
「エイミィさん……!」
「もうっ、あたしたち以外食堂にいないから良いけど、他に人がいたら、この会話自体がセクハラなんだからね」

 アースラのトップの補佐官がここにいる以上、一歩間違うとパワハラも加わる。エイミィは大きく腕を広げ、はやてを受け入れる体勢を取る。疲れすぎて壊れた頭で感動したはやては、瞳を潤ませた。この場での悪は、受け止めようとしたエイミィなのか、頭のおかしいはやてなのかは、推して図るべし。

「クロノ君と違って、健全なバストアップをお約束します!」
「はやてちゃん、それセクハラ」

 アースラの艦長であるクロノに対して失礼な言葉をはやては口にした。胸を揉んでいる時点で、決して健全ではないと誰かツッコむべきだが、エイミィはクロノに不健全なバストアップを協力してもらっていると取れる発言のみをツッコんだ。クロノとエイミィの二人がデキているのは事実だが、この発言はセクハラだろう。

「すみません……でも、失礼します」
「はいはい」

 怒られてしょんぼりするが、その小さな手のひらはわきわきと動き出す。反省はしているようだが、身体と心は正直だった。はやてはまるで母親に甘える子どものように、エイミィにすり寄る。その姿は姉妹のようで少々可愛らしいものだったが、行っている行為が全てを台無しにする。
 リンディほど大きくはないが人並みから、人並み以上にあるエイミィの胸を、はやての小さな手のひらが服越しに触れる。サイズを確かめるように円を描き、エイミィはくすぐったさに身を捩った。

「ははっ、はやてちゃん、くすぐったいよ」
「すみませぇん、ああっ、やわらかぁい……」

 ぱふぱふっ。

 どこかの少年漫画のように、はやてはエイミィの胸に顔を埋めた。肉親の情に飢えた少女が、年上の女性に母性を求めていると言えば聞こえが良いが、はやての意図ははやてにしかわからない。 年上の女性の乳房を服越しに弄ぶ年下の美少女。一部、特殊な性癖を持つ男性の心までくすぐる姿。だが、通常の性癖を持つ男性にとっては色々とと妬ましい光景だろう――たとえば、クロノにとってとか、クロノとかクロノとかクロノとか。

「デュランダル!」
「へ? うひょあああっ」
「え?」

エイミィの胸を力の限り揉みまくっていたはやての手が、彼女から急に離れ、ポカーンとする。エイミィが恐る恐るはやてに視線をやると、澄んだ青い魔力光が見えた。

「チェーンバインド!?」

 はやてとエイミィがほぼ同時に声に出したその技は、紛れもなく―――クロノのものだった。
 食堂の入口の方へ目をやると、肩で息をしているクロノの姿があった。その手にはデュランダル、いつものアンダースーツではなく、ちゃんとバリアジャケットまで着こんで。
 クロノのバインドによって、はやてはエイミィから引き離され、拘束される。ギリギリと音を立て、抵抗しようとするはやての身体にチェーンバインドは食い込んでいく。

「いっ……」

 痛い。悪意を感じるレベルで縛られ、はやての顔は歪んでいく。事実、悪意を込めてるのだから、それは仕方のないことだった。

「はやて!」
「クロノ君、痛いぃ……解いてえ…!」
「駄目だ」

 ツカツカと足を早めるクロノに、はやてはバインドを解くようにねだる。涙目になるはやてをクロノは睨んだ。一方、エイミィはというと、はやてが身体から急に離れた衝撃によって、床に腰を降ろしていた。
 素早く二人に近づいたクロノは、はやてからエイミィを庇うように、二人の間に立つ。その表情は怒りに燃えていた。大変男らしく、エイミィをときめかせるものだったが、会議はどうした。

「クロノ君が酷いぃ……」
「酷くない」
「女の子の肌に跡でも残ったらどうするん!?」
「スティンガーブレイドでなかっただけ、ありがたいと思ってほしいんだが?」
「あうぅ……痛いぃ……」

 はやてへの悪意丸出しである。半泣きになりながらクロノへの抵抗を見せるはやての頬に、彼はデュランダルのヘッド部分をぐりぐりと押しつける。傷をつけるほど力を入れていないが、痛い。

「く、クロノくんっ、やりすぎだよ!」
「エイミィ! 君は……!」


 何をされたのか自分でわかっているのか。


 クロノはそこまで言わなかったが、何が言いたいのかエイミィにはわかってしまった。胸を揉まれたり、胸に顔をうずめられていることを知ったのは監視モニターなのか、彼氏のカンか。後者だったらドン引きだ。まあ、後者だが。
クロノの手がエイミィの手を引き、彼女の身体を自分の腕へと閉じ込める。これならはやての魔の手を阻めるが、恥ずかしくはないのだろうか。クロノははやてへの怒りからか、そんなことに頭がいっていないように見えた。
 いくらなんでも、痛みを感じるくらい縛りあげると言うのは酷いのではないのかと、エイミィははクロノを見上げた。視線で訴えても見たが、クロノのバインドが緩むことはなかった。

「はやて、エイミィに謝ってくれ」
「ううっ…だって、エイミィさんはあたしの胸に飛び込んできなさいって、言うてくれたし」
「やりすぎだ。セクハラを通り過ぎてる」
「うううう………エイミィさんの不健全なバストアップに貢献してるクロノ君にだけは、言われたくなかったんやけど……」
「はやて、僕へのセクハラの罰はスティンガーブレイドなんだが」
『OK! BOSS!』
「うわああっ、ごめんなさいい!」

 『あたしの胸に飛び込んできなさい』のところで、クロノの頬がピクリと動く。後が怖い。
 はやての行き過ぎたセクハラ行為を責めるクロノに、彼女は反論した。それが火に油を注ぐ行為だとしても、はやては言わずにはいられなかった。が、やはり火に油。はやての頬をぐりぐりと押していたデュランダルが、ストレージデバイスの割にはノリノリで光った。クロノはなのはとは違い、大抵非殺傷設定にしていない。立場上、仕方のないことだ。スティンガーブレイドなんて喰らえば、ザフィーラと違ってはやての軟肌がぼろぼろになる。第一、痛い。
 はやてはクロノの本気ぶりを見て、慌てて謝った。謝るべきはクロノではなく、エイミィに対してなのだが、何故だか彼に謝らなければならない気がした―――彼の目は本気だった。
 クロノはまだ怒り収まらぬといったところであったが、エイミィにこれ以上やったら絶交だからねと視線で訴えられ、そっとデュランダルを降ろした。やっぱり尻に敷かれてるなと思いながらも、はやてはホッとした。それでも、クロノはバインドまでは解いてくれない。はやては仕方ないので、自力で解除を試みる。一応、蒐集行使があるからミッド式も使えないわけでもないし、万が一の時のために習得もしているが、得意ではないのですぐさまとはいかないだろう。


「ちょっとした健全なコミュニケーションだったんよぉ……」
「健全かなあ……?」
「クロノくんの不健全なコミュニケーションよりは健全です!」

 言い訳がましくポツリと呟くはやての言葉に、エイミィは苦笑いする。疑問を口にした途端、はやてはクロノの地雷を踏みぬこうとした。魔法は学習しているようだが、そこは学習していない。
 はやての言う不健全なコミュニケーションとは、恋人同士の夜の生活。人によっては昼でも朝でも行っているかもしれないが、そこは言及しないでおこう。
後に二児をもうける二人だ―――行っていないと言えば嘘になるが、やはりセクハラだ。アレなものに興味があるお年頃とはいえ、それなりにマズイ発言だ。現に、クロノの頬がまたぴくぴくと動いている。
 このままではまたクロノの一方的な攻撃へと変わっていくのではないかと、エイミィはいらん世話を焼いた―――その威力はまるで爆弾。

「ま、不健全なバストアップにも貢献してもらってないけどね……」
「エイミィ!」
「え? ほんまですか?」

 話を逸らすために選んだ話題があまりよろしくない。下ネタに下ネタで返してどうすると、エイミィは自己嫌悪する。それでも、はやてが地雷を踏みぬくよりはマシだと思ったのだ。はやてもやはり年頃の少女なのか、興味がそちらに言ったらしい。興味津々という視線がクロノに向けられる。クロノは声を荒げたが、エイミィの口までは塞げない。

「クロノくん、胸やお尻より、太ももが好きだから」
「なっ!」

 爆弾投下。
 エイミィを包むクロノの腕がビクゥッと大きく跳ね、彼女から離れた。腕だけではなく、身体全体が大きく動き、クロノの動揺ぶりをよくあらわしていた。

「なっ……な……っ!?」

 動揺するあまり、クロノはどもり続ける。
 はやてはクロノが言いたいのは『何を言っているんだ』だと思った。否定したいが、驚きのあまり口に出せないのだろうと、そう思っていた。だが、続くエイミィの言葉ははやてのそんな予想を踏みつぶす。

「何で知ってるのか、って? そりゃあ、お姉さんはクロノくんの初恋から初めてのちゅうまで知ってるんだよ? だったら、ベッドの下の秘密も知っててもおかしくないじゃない?」
「なっ!」
「ごめんねえ、掃除のとき見つけちゃった」
「なっ!」
「もしかして、艦ちょ……リンディさんにバレたと思ってた?」
「ぐっ……」

 図星。
 クロノの顔がゆでダコのように赤くなる。はやての目が点になる。まさかクロノのベッドの下に秘密のナニかがあるなんて。
 はやては先日、なのはの兄がすずかの姉に、巧妙に隠していたナニかを発見され、妹たちを巻き込んで盛大に喧嘩をしていたことを思い出す。

(うちにはザフィーラしかいないから、男の子のそういう事情はわからんなあ……本当に、ベッドの下に隠すオトコノコなんておるん?)

 事実、ここにいた。図星をつかれまくった挙句、友人である少女に知られたくない秘密を知られ、顔を真っ赤にしているオトコノコが一人。艦長だって人の子である。提督だって人の子である。執務官資格を持っていたとしても人の子である。そりゃ、性欲の一つや二つ、アレな性癖の一つや二つ。リンディにバレたと思って場所を移動しても、ベッドの付近だというあたり学習していないオトコノコである。
 クロノのあまりの動揺ぶりに、エイミィは手加減をする。実は更に爆弾を持っていたが、黙っていた。やはり、ベッドの下の秘密がなんであるかを口にするのは、はやてに対するセクハラか。それともクロノに対するセクハラか。
 ベッドの下の秘密が盗撮写真だったりするのは、内緒にするべきだろう。最初は犯罪を疑ったが、自分の足だと気付いた時にドン引いただけで、黙っているのは、彼女としての優しさか。


 クロノとしてははやてに知られるより、エイミィ本人に知られたくなかっただろうに。


 根本をエイミィが勘違いしたまま、爆弾投下は終了された。けれど、クロノのダメージはすでに限界だ。恋人が友人に胸を揉まれ、助けに入ったは良いが、知られたくない秘密を知られた。誰か止めてくれ。クロノのライフはもうゼロだ。
 目的が果たされたエイミィはクロノの気持ちなんて考えずに、うまく話が逸れたとホッと胸を撫で下ろしていた。そんな時―――。

「おっぱいやお尻じゃなくて、ましてや……足じゃなくて太ももってところが生々しいわー……」

 はやてが女子として正直な感想を口にする。男子としては、太もも好きは珍しくないが、女子としてはあまり具体的な部位を出されたくはなかった。胸や尻はメジャーすぎるというよりも、動物の本能として理解できるから良い。だが、他の部位はモロに性癖丸出しで、軽く引く。男心としては、引かないでほしいものだが、男を知らない少女にとってはドン引きものだ。やはり男女はわかりあえないのか。

ぷちっ。

 何かが切れた音がした気がした。

「はやて……一応、君も嫁入り前の女の子だ……非殺傷設定にしておくよ……」

 クロノがゆらりと動きだし、デュランダルをはやてへと向けた。スピードは遅いが、迷いはない。プルプルと怒りを抑えようとはしているが、抑えきれずに表情に出ている。無理に穏やかな声を出そうと思って、微妙に上ずっている。
 そんなクロノを前にして、はやても何故か怒っている。

「一応ってなんや! 一応やなくても、あたしは立派な女の子やん!」

 自業自得だが、そこは引っかかるらしい。はやてはやっとバインドを解除し、シュベルトクロイツをクロノに向けた。バインド解除と同時に、バリアジャケットを身に纏い、夜天の書も手にしていた。


「あんなセクハラをしておいて、女の子?」
「あー! 何それ! いくらクロノ君でもムカつくわー!」
「それはこっちのセリフだ! 他人の恋人の胸を揉みしだくなと、何回言えばわかるんだ!」
「ただのコミュニケーションやん!」
「コミュニケーションを逸脱してる!」
「ふんっ、不健全なコミュニケーションしてるクロノ君にだけは言われたくないっ!」
「エイミィに触るのは僕だけで良い!」
「人にセクハラ言う割にには、そっちだってセクハラやん! 生々しい!」
「生々しくて結構! 事実だからな!」

 くだらない口論。くだらないは、くだらないが、事態はなかなかマズイ方向に動いている。
 非殺傷設定とはいえ、艦長が特別捜査官に向けてブレイズカノン。それに対して夜天の王は防御、そして次の攻撃への詠唱と言葉での反撃。リインフォース・ツヴァイがいないため、照準があまり合わない様子だ。クロノから大きく逸れ、テーブルに直撃するなんてことは珍しくない。非殺傷設定とはいえ、衝撃はある。ココアが入ったカップはとうに割れ、床を汚していた。

「大体、エイミィさんのおっぱいを揉まれたくなかったら、クロノ君が女の子やったら良かったんよ! クロノ君が女の子やったら、リンディさんに似て絶対巨乳だったのに! しかも、クロノ君童顔でそんなに身長高くないから、ロリ巨乳属性誕生や! なんて触り甲斐のある……」
「気色の悪いことを言うな! 鳥肌が立つ! それに、エイミィの胸が小さいみたいに言うな!」
「エイミィさんのサイズなら知ってますぅ! だって、さっき触ったんやから!」
「…っく、潰されたいようだな……」
「上等や! こちとて、オーバーSランクの意地がある!」
「舐めるな! こちらには、提督まで登った実力と実績がある!」
「クロノ君が負けたら変身魔法の刑な! ロリ顔巨乳になってもらう!」
「僕が勝ったら、以後一切のセクハラを禁ずる! 勿論、胸への接触も却下だ!」



 食堂が地味に壊されていく音がする。都合よく他に誰もいなかったから問題はない。そう言えば、クロノも徹夜三日目だった。
遠くで、詠唱完了だとか、物騒にもエターナルコフィンだとか聞こえた気がしたが、エイミィは聞かないフリをしてとっとと逃げた。


 クロノが女の子だったら、恋なんてできなかったから嫌だなあと、彼が喜びそうな言葉を口にしながら。


―――それより、会議はどうした。



◇◇◇


「……なんてことがあったから、驚きはせえへんけど……駄目や、やっぱり違和感が……」
「はやてちゃん、セクハラ自重」

 はやての長い昔話が終わる。健全なバストアップというはやてのセクハラはいまだに続いているので、彼女が勝ったのか。クロノはロリ顔巨乳に変身させられてしまったのかとても気になるが、それ以上になのはたちに印象を残した言葉がある。

「クロノ君が、太ももフェチ……」
「おにいちゃん……」
 なのはとフェイトの表情が暗い。なのはにとっては兄貴分的な友人の、フェイトにとっては義理の兄の、知りたくない秘密を知ってしまった。しかも、彼は機動六課の後見人。個人の嗜好は人それぞれだが、何となく嫌だった。

 膝枕に続き、はやての言葉にまた一つ、知られてはいけない六課後見人の秘密が暴かれた。太ももフェチ。女子から見たら、生々しいにもほどがある。
なのはたちは知らないが、実は更に年上のお姉さんに弄ばれたい願望があったりするのだが、知らない方が良いだろう。まあ、妻限定だが。


「どこをどう、間違えてああなっちゃったんだろうね……」
「真面目すぎるのがいけなかったのかな………」
「いやいや、グレアムおじさんとこの使い魔のお姉ちゃんたちが原因かも……」

 部隊長と分隊長たちが暗くなる。明るい食事だったはずなのに、機動六課用の食堂の一部は冷たくなった。


 なのはたちは知らない。久しぶりの帰宅を果たしたクロノが愛しい子どもたちと遊んでいたら、アルフが全力を出して参戦した。一応、使い魔としてはかなり上等な部類に入るアルフだ。いくら幼女の姿とは言え、全力を出せば、身体的に疲れているクロノを潰すくらい容易だった。体力切れを起こして、ダウンしているクロノの頭を自分の膝に乗せたのは、他でもないエイミィだったということを、なのはたちは知らない。


―――この日を境に、後見人のクロノ提督のフェチズムと性癖が機動六課のメカニックの間に広まった挙句、何故か『グリフィス部隊長補佐は何フェチだ』という賭けごとに発展したが、それはまた別の話。



END

































◇おまけ◇

 ある日の、クラウディアの応接室にて――。

「なんか、六課で君が何フェチかとかが知られまくってるって本当?」
「ブッ」
「うわ、汚っ」

 ユーノが不意に漏らした疑問に、クロノは口に含んだコーヒーを吹き出した。気管に入ったらしく、ゲホゲホと苦しそうに咳き込んだ後、クロノはすごい形相で、ユーノに問う。

「……それは、本当なのか?」
「知らないよ。質問に質問で返す? 普通」

 ユーノとて、風の噂で知っただけだった。聞かれても困る。あわあわと取り乱す友人に、ユーノは呆れた。
 クロノの性癖なんてどうだって良い。ヴェロッサを通してクロノの性癖や初めてのキスの相手を知っているユーノは、そう思った。どうせ自分は被害を被らない。被るのは彼の最愛の妻だけなのだから、どうだって良い。彼女は不憫だとは思うが。

「まあ、人に知られて良い趣味じゃないよね……バインド得意なクロノ提督が、緊縛趣味だなんて……」
「……バインドが得意なのは君だって同じだろう…?」
「君と違って変態的な趣味はない」
「なっ……………なのはにそういうことをする妄想はしているだろうに……」
「してない!」

 同性の友人ゆえに知っている、クロノの更なる秘密が明かされる。これもヴェロッサ経由で聞いた話だが、ユーノにとってはどうでも良い。
 ただ素直に感想を述べたユーノにクロノは八つ当たりする。いつもこれだ。イヤミの応酬。いつものことだが、今日のそれはあまりにもセクハラすぎる。

 いくら温厚な司書長だとて、キレる時はある。




 ユーノは懐から一冊の本を取り出し、クロノの前で開いた。そして、どこからともなくマイクを持ちだし、それに向かって口を開いた。

「無限書庫司書長朗読劇場第十二回。本日のお題は、人妻寝取り官能小説・間男は実の父でした編」
「やめっ……心が不安定になる! 心がざわざわする!」

 第一回から第十一回は無限書庫に見学に来た子どもたちに行ったものだが、第十二回は子どもたちに決して聞かせられない。
 よりにもよって人妻寝取りもの。これ以上に、単身赴任中の夫の心を抉るものはないだろう。しかも、妻を寝取るのは父という、長ずれば長ずるほど亡き父に似てくると評判のクロノの心を抉るには持って来いのものだった。

「僕が休暇を取れないのを知ってて!」
「わざとに決まってるじゃないか」
「性格悪いぞ」
「君ほどじゃないよ」

 彼の実父はとうに鬼籍の人だが、やはり心はざわつくらしい。
 言葉の棘を隠さずに、クロノの抵抗を無視して、ユーノは大きく息を吸った。

「『愛は最初こそ抵抗を見せるが、夫に良く似た面差しに、抵抗する力を失っていった……』」
「や、やめっ……」
「『遠く離れ、何日も触れぬ夫とは違う激しい愛撫に、快楽に溺れていくのであった』」
「すまなかった! ごめんなさい! 許してください!」


 クロノは必死に謝ったが、やたらとうまいユーノの朗読は終わらなかった。



おしまい


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