※某所にアップしたものの、加筆修正版です
※直接ではありませんが性的な描写がありますので、十五歳未満の方は閲覧をご遠慮ください
※時系列については→http://73676.diarynote.jp/201006260036267217/参照











―――拝啓、天国のあなた。気付いたら、私たちの息子が大人の階段を上っていました。






 カタカタとキーボードを打ちこむ音がレティの耳に届く。何故か、自身の職場で書類作成をしようとしない友人を、彼女はじっと見ていた。

「はい、お茶。ミルクは入れておいたから、砂糖は勝手に入れなさい」
「あっ、今、手が離せないから、レティが入れておいて?」
「砂糖が入れられないくらい手が離せないなら、お茶も飲めないでしょう」

 そう言いながらも、レティはお砂糖は何個入れれば良いのと問う。疲れているから五個とリクエストするリンディに、レティは呆れた。これで病気にならないから不思議だ。それどころか、永遠とも取れる美貌を保っているから不思議だ。彼女の息子も童顔と言えるが、リンディのそれは童顔とかいうレベルではない。化け物かと、時折思うほどだ。
 リンディは若々しく、美しい相貌を歪め、書類と睨めっこしている。レティと会話をしているが、リンディは先ほどから彼女と視線を合わせていない。レティはレティで、そんなリンディを失礼だと思わない。今の彼女の状況を知っているからだ。
お茶がどうせ冷めてしまうのなら、緑茶オレにでもしてしまおうと、レティは少しだけ席を外す。氷とグラス、それにミルク。友人の好みを知っていた彼女は、簡単に緑茶オレを作り上げる。
原材料そのままにお砂糖ミルク緑茶と言うから、某魔砲少女や某歩くロストロギアは顔をしかめるのだ。こうやって、緑茶オレと言ってしまえば、ごく普通の飲料だ―――まあ、砂糖の量が尋常ではないが。飽和状態になった砂糖が固まって、じゃりじゃり言いそうだ。

 ほんの少しの間だけリンディのそばを離れていたレティは、緑茶オレを片手にドアを開く。それと同時に、彼女はリンディの奇声を聞く。

「終わったあああああ!」

 大きく背伸びをして、大声を上げるリンディの姿。同時に、大きく欠伸までして、美人が台無しだ。百年の恋もさめそうな。さめられても、彼女の夫は鬼籍の人だから問題はないと言えば問題はないが、リンディに密かに憧れる局員たちには見せられない。人事担当としては、こんなことで優秀な局員に止められたら泣くに泣けない。

 リンディが終わったというのは書類作成か。ならば、緑茶オレに作り直す必要はなかったなと、レティはため息を吐く。そんなレティを見て、リンディは目ざとく彼女から緑茶オレをひったくった。

「こらっ」
「ああーっ、美味しいっ。仕事後の甘いものは、やっぱり最高ねぇ! レティ、ありがと」

 氷で冷やされた緑茶オレをアッと言う間に飲み干し、リンディは満面の笑みを見せる。先ほどの大口を開けた姿とは違い、お茶目な美人で通る範囲だ。全く、美人は得だと、自身も美女であるにも関わらず、レティは思った。
 じゅーっと音を立て、僅かに残った分まで飲み干そうとするリンディを横目に、レティは彼女が作成していた書類に目を通す。あれだけ急いで作成したものなら誤字の一つや二つありそうなものだが、見当たらない。さすがは、リンディである。完璧な報告書だ。

「お疲れ様。でも、何でそんなに急いでたの? この書類、提出は明日の十四時半締め切りでしょう?」
「そうなんだけど、早い方が良いでしょう?」

  レティの疑問に、落ち着きを取り戻したリンディはいつも通りに返答する。確かに早いに越したことはないが、あまり急ぎすぎて残念なできに仕上がっては元も子もない。ちゃんとまともな書類ができあがっているから、良いようなもので。
レティがそんな思いを込めた視線を向けると、リンディは何故か視線を落とす。思いつめた様子で、続けて口を開いた。

「それにね、ちょっと……クロノに聞きたいことがあって、早く帰りたくて……」
「あら、彼、今日休暇なの?」
「うん。昨日から………明日の朝六時にはアースラに戻らなきゃいけないから、急がないと」

 リンディはクロノに聞きたいことがあった。そして、クロノはちょうど二泊の休暇を取っていた。何と都合の良い話だと思ったが、現実はそうではなかった。昨日の昼ごろ帰宅したクロノはすぐにベッドに横になり、そのままリンディが帰ってくる時間まで熟睡。リンディはさすがに起こすのは可哀そうかと、翌日出勤。そして、立て続けに事務処理に追われ、現在に至る。
できれば直接聞きたいと、帰宅する前に仕事を追加されないようリンディは急いでいた。


「ねえ、レティ……仮に息子のベッドの下から盗撮写真が出てきたら、あなたならどうする……?」
「うちの息子が何歳だと………ていうか、出てきたの? あなたの息子のベッドの下から……あなたの息子は執務官なのに」

 盗撮は犯罪です。法を守る執務官が法を犯していたら、大問題だ。更に言うと、海鳴市をはじめとする日本なら小学生相当のグリフィスが盗撮なんて行為を行っていたら、それこそミッドチルダの世も末だ。
 リンディはハアと大きくため息を吐き、次の言葉を口にする。レティの話を聞いていない。

「グリフィスくんが大きくなった時に、親とか家族がいないうちに彼女を連れ込むような子にならないと良いわね……」
「あなた……名誉棄損で訴えるわよ」

 突然、リンディが口にする話題が変わる。が、まだ幼さが残る可愛い息子を抱えた母としては、リンディの言葉は聞き捨てならない。レティは苛立った様子で、リンディに抗議する。リンディは思いつめているらしく、やはりレティの話を聞いていない。

「うち……って、第97管理外世界の方のね……今、クロノしかしないの……フェイトとアルフは、エリオのところに泊まり込みで会いに行っちゃったし」

 家族が誰も家にいないためか、はたまた疲労が祟ったのか、クロノは帰宅と共にベッドに沈んだ。起きても、寝ていても、家には彼以外誰もいない。どうせやることがないから、起きたとしても持ち帰った仕事を片付けているに違いない。
クロノから半日遅れの日程でエイミィも休暇に入った。食事は作り置きがあるし、エイミィがいれば食べるに困ることはない。どうせ、好物を作ってもらうだろう。たとえ、それが朝でも。エイミィは気を利かせて揚げ玉とかを入れているだろう。味はリンディも保障するものだが、朝から焼きそばなんて考えただけで胸やけがする。


 それが問題だった。


「いつの間に、居住区の家を引き払ったのか聞いて良いかしら?」
「どうせろくに帰らないんだから、フェイトが学校に通いやすい方が良いでしょう……あちらの義務教育までは通いたいみたいだし……」

 レティはリンディの心配ごとを無視して、素朴な疑問を口にする。リンディもレティの言葉を無視するのだから、これくらい良いだろう。
闇の書事件で駐屯地として使われていたはずの海鳴市のマンションが、気がつけばハラオウン一家の家となっていた。リンディとクロノ、そして下宿人のエイミィは時空管理局本局の居住区に、別に住まいを持っていはずだが、そちらを引き払い、何故か管理外世界に住み着いてしまった。
 その理由はリンディが語った通りだが、ミッドチルダの人間が基本的には不干渉であるはずの管理外世界に家を持つなんて、この美人なたぬきがどんな手を使ったのだろうか。あえて触れまい。

「まあ、子どもには学校での生活も大切よね……どの道、管理局は優秀な魔導師をゲットできたわけだし……」
「そう思うと、なんだかなのはさんたちに申し訳なくなってきたわ……」
「本人の意思なんだから、別にかまわないと私は思うけど………って、クロノ執務官がどうしたのよ」

 レティは人事として素直な感想をリンディに告げる。リンディの本音としてはレティと同じだろう。何しろ、なのはに小卒で管理局に就職しないかと誘う女だ。それとも、あの会話で思いなおしたのだろうか。
 それよりも、気になるリンディの言葉がある。



 それではまるで、クロノが盗撮した揚句、女の子を家に連れ込んでいるようではないか。



「うちのクロノね……いつの間にやら、大人の階段のぼってたのよね」
「ぶっ」
「なかなかキスもできないくらいの純情に育てたつもりだったのに……まったく……」

 聞き返すレティに、リンディはとんでもないことを言う。リンディの問題発言に、レティは口していた自分用の緑茶を少々吹き出す。精密機器が濡れなかったのが、唯一の救いだ。

「まあ、相手が相手だから心配はいらないと思うんだけど、近くにいすぎて……こう、歯止めがきかなくなったりしないか心配で……」
「聞かなかったことにしておいてあげるわ……」

 友人の息子の生々しい恋愛事情とか、生々しい母親の意見とか。そうしなければ、あまりにもクロノが不憫だ。小さいころから知っているリンディの息子のことなので、相手が誰だか気になるが、その友人の明るいとは言えない表情に、レティは詮索しないでおく。

「そうしてほしいような………してほしくないような………」
「聞きたくない。うちの息子はまだ小さいんだから、将来のことなんて考えたくない!」

 折角のレティの心遣いをリセットするようなことをリンディは言う。むしろ、聞かせる体勢に入ったリンディから逃げ、レティは耳を塞ぐ。
 彼女の息子はまだ幼い。まだ可愛い盛りだ。そう思っていたい。そんな可愛い息子がどうこうするところなんて想像したくない。というか、年頃の年齢になってもそんなところを想像したくない。

「お願い、レティ! 相談に乗って!」
「嫌よ! 自分で考えなさい!」
「ああんっ、せめて、クロノのベッドの下から出てきた盗撮したっぽい写真について、一緒に考えてええ」
「聞きたくない! そんな犯罪執務官の話、人事担当として聞きたくない!」
「じゃあ、何でクロノが恋人ができてから数カ月で手を出すような子に育っちゃったのか、一緒に考えてえええ!」
「ちょっ、息子のあれやそれを何でそんなに把握してるのよ!」
「だって、はじめてのデートの後、自宅で」
「聞きたくない! 聞かせないで!」
「確かに、けしかけたのは私だけどぉ」
「けしかけたんかいっ!」



逃げようとするレティの身体に縋りつき、リンディは聞きたくないと抵抗する彼女に嫌なことを吹き込む。その攻防は三十分ほど続いたという。
 罪を犯したと断定されるクロノが不憫な話だが、事実だから仕方ない。
 クロノのベッドの下の秘密はリンディはおろか、実は被写体本人にもバレているという事実があったりするのだが、クロノが不憫なのでここでは触れないでおこう。





――拝啓、天国のあなた。私たちの息子は、自分の部下に手を出す駄目上司になっていました。





      ◇◇◇



「ふうっ……意外と快適だね、クロノくん」
「………」
「クロノくん?」

 時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンは自分の理性と本能の間で戦っていた。母であるリンディがクロノのことについて、レティに相談しようと――――無理やり聞かせようとしてから、少々の時間が経ったころ、彼は風呂場で一人耐えていた。

「……今すぐ出たいんだが」
「だめー、そうやって烏の行水すると、風邪ひいちゃうよー!」

 げっそりとした様子のクロノに対し、エイミィはパシャパシャと水音を立てて抗議する。まだ身体が暖まっていないのだから、出たら健康に悪いと彼女は訴えた。その身にはタオル一枚しか纏っていない。対するクロノも、タオル一枚しか身に纏っていない。このままの姿で外に出たら、立派な痴漢・痴女だが、自宅の風呂場にいるため、何も問題なかった。クロノの理性がいつまで持つかは別として。


 クロノと少し時間がずれ、休暇を取得することになったエイミィは帰宅早々、彼に甘えた。クロノが持ちかえろうとした仕事の一部を奪い取り、自分がやったのだからと、彼にべたべたベタベタ。彼女の意図が見えず、けれど、二人きりだからと甘んじたクロノに、エイミィは更に甘えると決めたようだ。
 逆にクロノも甘やかされていた。エイミィの帰宅と同時に起床したクロノの遅い朝食は、彼の好物。顔を洗い、着換えたクロノが席に着くと同時に出された焼きそばはできたてアツアツ。しかも、美味いと、地味に嬉しいことをしてくれた。
 その後は彼女に仕事をまた奪われ、少し散歩をして―――何故か今に至る。

「恥ずかしくないのか?」
「そんなこと気にしてるの?」
「そりゃあ………」

 あたしは恥ずかしくないよと言わんばかりの態度に、クロノは言葉の続きが出ない。恥ずかしくないというわけではなく、身体を洗っている姿を見てしまいそうになった時には、エイミィ自慢の握力で顔面を掴まれて痛い思いをした。だからこそ、今の状況を不思議に思った。

「タオルだって身体に巻いてるし、入浴剤入れて、お湯は白いし……大丈夫、大丈夫。見えないよ?」

 確かに、彼女の言うとおり、入浴マナーとしてよろしくないと知りながらタオルを巻いて、なおかつ身体が見えないように乳白色の入浴剤を湯に入れた。身体は見えない。彼女の裸体も、自分の裸体も見えはしない。

「ぴったりくっつくのも……嫌いじゃないし……」
「………っ……」

 この体勢はどうなのだろう。狭くもないが、広くもない標準サイズの浴槽に男と女が二人。初等科相当の少年少女ならともかく、二人ともある程度育った年齢だ。膝を抱えたくらいでは、二人一緒の浴槽には入れない。どうしているかというと、まずクロノが湯船に入る。その後に、エイミィが彼の膝の間に腰を下ろす形で入ると、何とか二人収まるという寸法だ。だが、これには欠点があった。

(耐えるんだ……僕の理性!)

 エイミィの身体にタオルが巻かれているとは言え、肩甲骨のあたりは素肌だ。それに加え、クロノの上半身は裸である。ぴたりとくっつけ合えば、ただの肌の触れ合い。風邪をひかないように湯船に入ろうとすれば、自然と触れ合う肌の面積は増えていく。少しでも触れないように湯船のふちに腕を乗せるクロノの思惑を理解していないエイミィは、まるで彼の身体を背もたれにするように、背中をくっつけた。すると、濡れた髪がクロノの胸に張り付く。長年ショートカットだった彼女が髪を伸ばし始めたのは、二人が付き合いだしてからだったなと思い出し、クロノは彼女の髪を弄ぶ。

「髪、だいぶ伸びたんだな」
「………長い方が好きかなーって思って」
「……?」
「ううん、何でもない」

 クロノの問いに、ほんの少しだけエイミィは沈黙した。困ったような笑いを浮かべて、彼女は小さく呟いた。エイミィの言葉の意図がわからず、首を傾げるクロノを誤魔化すように、彼女は振り返り、彼の頬に口づける。


 エイミィは言わない。ほんの些細なやきもちなんて、口にしたところでクロノは理解してくれないからだ。そういう男だと理解しながら惚れてしまったのだから仕方ない。


 クロノはいまいち納得できない様子で、しばし彼女の後頭部に触れる。水気を含んでボリュームが減っている割には、頭頂部に跳ねた癖っ毛は倒れない。気になって何度か撫でつけるが、そのたびにクロノに抵抗し、ぴょこりとまた跳ねる。何だか楽しくなって、繰り返していると、無意味な行為を繰り返すクロノをエイミィがジッと見つめていたことに気付く。

「こらー! 人の髪の毛であそばなーい!」
「あ、つい……」
「もーっ」

 ぷりぷりと怒りだすエイミィの姿に、クロノは彼女の頭部を撫でるのを止めるが、手持無沙汰になる。髪を撫でている最中はそれに集中していれば良かったが、止めさせられてしまっては、どう理性を保っていようか。そんなクロノの苦労など知らず、エイミィは彼の身体にぴたりとくっつく。身体を捩り、クロノの胸に自身の胸を押しつけた。タオル越しとはいえ、柔らかな感触にクロノの理性が決壊しかける。咄嗟に彼女の腕を掴み、自身の身体から引き離すクロノに、エイミィは意地の悪い笑みを浮かべる。

「……っ、エイミィ!」
「ふふーんっ、ドキドキするんだ?」
「……僕だって、一応男なんだぞ…」
「知ってるよ? だから、そんなに緊張しなくても良いの……んぅっ」

 クスクスと笑いながらクロノをからかっていた唇が塞がれる。腕を掴まれ、抵抗できないエイミィの唇をクロノは奪った。しばし深い口づけを繰り返すと、やっとエイミィは解放される。急な口づけに、彼女は肩で息をした。

「く、クロノくん!」
「君があんまりからかうからだ」

 好きな女性が裸同然の姿で、自分に肌を預けるなんて―――こちらの気持ちも考えてくれと、クロノは引き離したはずの彼女の身体を引き寄せる。己の理性の脆さに苦笑いする。クロノにキスをされて急に恥ずかしくなったのか、ジタバタと暴れるエイミィを閉じ込めるように抱きしめた。バシャバシャと水音をたて抵抗していたエイミィはしばらくすると大人しくなった。ドキドキと早まる心臓の音が、水に濡れたタオル越しに伝わってくる。


「……胸、当たってる…」
「先に当てたのは君の方じゃないか」

 そう言って、もう一度口づけ、抱きしめる。ゆらゆらと揺れる水面に、二つの影が重なって、エイミィが身じろぐたびに、歪になっていく。何度かキスをすると、エイミィはうっとりした顔でクロノの肩に頭部を預ける。濡れた髪が首筋にかかりくすぐったい。

「クロノくんのえっち」
「男だからな」

 別に清い仲ではない。湯の熱に浮かされたのか、クロノの言葉は直球であった。理性が完全に瓦解するまで、あと何分残っているか。

「もうっ、こういうことするから、アレックスたちが『クロノ執務官はエイミィ主任を妊娠させてできちゃった結婚する方に一万円賭ける』とか言うんだよ!」

 クロノの緊張がとけると、逆にエイミィが緊張するのか、彼女は雄弁になっていく。彼女のとんでもない発言にクロノは絶句した。年長者である部下が、自分をネタに賭けごとをしていることや、自分の理性の脆さを見破られていることに。というか、失礼な話だ。

「……本当に赤ちゃんができたら、どうするつもり?」
「責任は取る」

 クロノを試すような言葉を呟くエイミィに、彼は咄嗟に答えを出した。嘘偽りのない正直な気持ちだ。だが、彼の言葉に続くエイミィの言葉にクロノは凍った。

「……そういう理由で結婚するって言ったら、クロノくんと別れて、一人で産んで、一人で育てるから」
「ぐっ」

 一番聞きたくない言葉を言われ、クロノは顔を歪ませた。
別れたくなんてない。むしろ、ずっと一緒にいたいし―――いずれは結婚したいなんて考えているからこそ、即座に『責任は取る』と言えたのだが、彼女はそれがお気に召さなかったらしい。
 恋する乙女としては、クロノの言葉がアリかナシかで言えば、ナシだろう。あくまでも、もしもの話だというのに、クロノはショックを受けた。そんなクロノを見て、エイミィは苦笑いをする。
 

 しょうがない彼氏様だ。
 知られたくないやきもちをやくのも、こうして甘えるのも、全部クロノが好きだからだというのに。



「それが嫌だったら、ちゃんと考えてね。そりゃあもう、歯が浮くような言葉」
「………善処しよう」

 苦笑いをしていたと思ったら、エイミィの顔がクロノをからかうような笑顔に変わる。次にエイミィが言った言葉に、クロノの表情も少々明るくなる。

 エイミィの言葉はクロノにとって嬉しい言葉だった。子どもができちゃったから結婚するのではなく、自分と結婚したくて悩んでくれるのなら、プロポーズを受けても良いと言っているようなものだ。

 反対に、エイミィもクロノの言葉が嬉しかった。自分の提案に対し、『善処する』ということはプロポーズをする意思があるということだ。それに加え、そんな理由で結婚を申し込まれても嬉しくはないが、責任を取っても良いと思うくらいには愛されているのだと、彼女は嬉しくなった。


「楽しみにしてるから」
「期待していてくれ……」

 からかうつもりで言った言葉に倍返しをされ、エイミィの頬が赤く染まる。不意うちだ。
もう、十分歯が浮くではないか。
こんなことを言われてメロメロにならない恋人がいる方がおかしい。

「もう、クロノくんっ! お姉さんをからかって、楽しい?」
「君こそ、一応上官である僕をからかって楽しいか?」
「部下だけど、お姉さんで、彼女だから楽しい」
「まったく、君は……」

 クロノは呆れるような顔をしながら、エイミィの頭を撫でた。エイミィも顔を赤く染めたまま、クロノの身体にすり寄り、からかうような口調から、甘えるような口調に変わり、ひとり言のように呟いた。

「………く、クロノくんのお嫁さんかぁ……」

 自分で口に出しておきながら、エイミィの頬は更にカアッと熱くなる。旦那さん候補にしてあげるとか言った自分が、今は彼のお嫁さん候補になっている。嬉しい。嬉しすぎると、クロノの背に腕を回し、彼を抱きしめる。

「嬉しくて、死んじゃいそう……」
「エイミィ………」

 ふふっと笑いながら、クロノの身体に頬を寄せるエイミィを、彼もまた抱きしめる。

ずっとそばにいられたら良い。

 そう思う気持ちは、お互い同じなのだと何となく知っていたが、曖昧とはいえ、こう口に出されると恥ずかしいやら、嬉しいやら。
 愛しさのあまり、何度も何度も口づける。お互いの名前を呼び合い、何度も好きだと告げた。


「んっ、クロノくん……」
「ああ……」
「好き……好き、大好き……」
「ああ……」

 好きだと、繰り返される声にドキドキする。触れあう肌よりも、ずっと。クロノはエイミィにもう一度口づけ、自分の気持ちを口にする。

「クロノくんが、大好き……」
「ああ……僕も、愛して……」


 エイミィが求める甘い言葉を口にしようとするクロノの言葉が遮られる。ガチャリと開けられたドアの音。二人はビクリと肩を震わせ、音の鳴った方向へと視線を向け、青ざめた。


 明るい髪色と同じくらい明るい笑顔が、妙に恐ろしかった。





   ◇◇◇


 海鳴市のとあるマンションの一室の前で、家主であり二児の母であるリンディは悩んでいた。相談相手に捕まえようとしたレティに逃げられ、彼女はしぶしぶ帰宅した。けれど、自宅のドアを開けられないまま、十分ほど悩んでいる。


 もし、息子が何かしていたら。


 いくらリンディでも、対処しきれない問題だってある。こういう時、夫が生きていてくれたらと思うが、生憎彼女の夫は鬼籍の人だ。息子は亡き夫に似ていると言われ、だからこそリンディは余計に悩む。

(もっとまっもうに育てたつもりだったのに……ごめんなさい、あなた…!)

 真面目で、少々行き過ぎるくらいカタブツに育てたつもりだった。というか、勝手にそう育っていた。母から見ると寂しい生き方をさせてきたと思うところはある。けれども、そんな息子を変えてくれた出会いもあった。だからこそ、応援してやりたかったし、色々けしかけもした。

(だからって……だからって!)

 初めてのデートの後に大人の階段登ったり、昔からアースラに勤務しているアレックスとランディに苦笑いされるレベルで何かをしていることはない。後者は二人から、良いんですか?と連絡を受けて知ったが、顔から火を噴くかと思った。
 幸せなのは良い。愛し合ってるなら、それでも構わないが、節度というものがある。


「………誰もいないからって、そういうことをしてないわよね……?」


 そう呟いて、リンディは意を決して家のドアを開く。
誰もいないことを良いことに、リビングやら台所で何かをしていたらどうしよう―――などとは考えない。考えたくない。
 リンディは自分が最早、自分の息子は親や家族がいないことを良いことに女の子を連れ込んでいるレベルだと認識していることに気付いていない。

 勢いよくドアを開けると、幸い、誰の声も聞こえてきはなしなかった。それどころか、静かで、誰もいないのではないかと錯覚する。だが、人の気配はする。まだ夜は更けきってはいない。眠るのには早すぎる時間だ。ただいまと呟いても返事はなく、リビングへと続く廊下を歩いても、誰の声もしなかった。不審に思い、リンディはキョロキョロと家の中を見渡す。クロノの部屋にも、エイミィの部屋にも誰もいない。
すると、風呂場の方から物音が聞こえてくる。脱衣所には電気も点いているようで、リンディは行き先を風呂場へと変えた。

―――誰と誰がいるとは考えもせずに。



「クロノ?」

 何故だか、リンディはクロノがいるものだと思った。今、この家にいるのはクロノとリンディだけではない。そんなことはわかっていたはずなのに、何故か彼女を除外していた。
 脱衣所には着替えが畳まれていたが、クロノの服でもう一人の服が隠れていたのが原因かもしれない。

「開けるわよ?」

 事実、クロノだけが中にいたとしても、答えを待たずに開けないでほしいと抗議していたところだろう。そんな言葉、母親には知ったことではない。何しろ、息子の部屋に入り、掃除をして、ベッドの下の秘密を見つけてしまうような母親だ。抗議なんてしたところで、むなしいだけだ。


 中にいるのはクロノだけではなかったが。


「クロノくんが、大好き……」
「ああ……僕も、愛して……」

 ドアが僅かに開けられると、リンディの息子であるクロノとその恋人であるエイミィの声が聞こえたが、彼女の動きは急には止められない。リンディ本人だって、急にそんな声が聞こえてくるものとは思わなかった。

 ドアを開けると、一つの湯船につかりながら熱い抱擁とキスをしていたと思われる、クロノとエイミィの姿が、リンディの瞳に映った。
 ビクリと肩を大きく震わせたかと思うと、甲高い悲鳴がリンディの耳をつんざく。その悲鳴は裸を見られたことによるものなのか。それとも、普段は一応隠している恋人とイチャイチャラブラブしている様を見られたことによるのか。リンディには判断がつかなかった。クロノはリンディの急な登場に驚きながら、エイミィを庇うように彼女を抱き寄せた。根本的な解決になっていないぞ、息子よ。そんなことを考えるリンディの目には二人が何かを致しているかのようにしか見えなかった。




「クロノ、少しお話を聞かせてもらっても良いかしら?」
「母さん……その、これは……」
「良いかしら?」
「はい……」

 執務官だって人の子である。いくら優秀な魔導師でも、美人でたぬきな母親には敵わない。ちびたぬき相手ならどうにかなるが、今対峙している相手は嘘を吐かずして事実をぼやかす天才だ。そんな母親が嫌いではないが、あまりにも分が悪かった。大人しく母の言うことを聞こうとするクロノは自身が腕に包んだ恋人の様子を伺う。

「エイミィ? 大丈夫か?」
「……いけない………」
「え?」
「クロノくんのせいで、もうお嫁にいけないいいいいいいいい!!!」
「ちょっ!!!」


 そう言って、エイミィはクロノを突き飛ばし、リンディすらも跳ねのけて、脱衣所へと逃げて行った。リンディの視界から消えてくれたのは、クロノとしてはありがたかったが、彼はそれどころではない。

 つい数分前に結婚をほのめかした相手に、『お嫁にいけない』と言われ、クロノはショックで呆然とする。プロポーズをする前に、断られるだなんて。


「クロノ、早くお風呂から出てらっしゃい」
「………僕、裸なんですが……」
「良いから、出てらっしゃい」

 正確には裸ではないが、このまま湯船から出ては、この年になって母親に見られてはいけないものがこんにちはだ。
 限りなく裸に近い状態のクロノは脱衣所に残された下着とズボンだけを身につけることを許され、リンディに引きずられるようにリビングへと連れて行かれた。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるように思えた。婚約まで漕ぎつけられない息子の気持ちなんて、今のリンディには知ったことではなかった。






「良いこと、クロノ? いくら恋人が一緒に暮らしていて、上官と部下だからと言っても、節度というものがあります」
「……僕たちが付き合っているって、いつ知ったんですか?」
「フェイトから聞いたわ」
「母さん………足を崩しても良いですか?」
「駄目です。人の話を聞いてるの?」

 無理やりリビングまで引きずられていったクロノはリンディに正座をさせられながら、説教を受けていた。生粋のミッド人にはジャパニーズセイザは辛すぎるが、リンディは何食わぬ顔で座り、微妙に勘違いしたまま、クロノに威圧感を放っている。フローリングの床に正座は痛い。しかも、上半身裸のため、寒い。

「大体、うっかり忘れているようだけれど、エイミィは人様のお宅から預かっているお嬢さんなのよ? それなのに、あなたはキズものにして……どう責任取るつもりなのかしら?」

 いろいろな意味で。本来クロノに問い詰めようとしていたことを忘れ、リンディは説教し続ける。今日は何もしていないというのに、リンディは勘違いしている。それとも、今日は何もしていないだけで、事実であることを責めているのか。

「……………責任も取らせてもらえなさそうなんですが……」
「クロノ?」
「エイミィ………っ」
「クロノー? 聞いてるのかしらー?」



 クロノの耳にはリンディの言葉なんて三分の一も伝わっていなかった。翌日、クロノはエイミィにろくに口をきいてもらえないまま、ショックを受けたまま、アースラへと一人戻っていった。

 その目にはうっすらと涙が浮かんでいたという。












―――一方、クロノの上着だけ来て、彼のベッドへと逃げ込んだエイミィはというと。


「もう……お嫁にいけない…っ…」

 クロノのベッドに顔をうずめながら、彼女は悶絶する。クロノにぶつけて、下手なディバインバスターやサンダースマッシャーよりもダメージを与えた一言を何度も繰り返していた。

「見られた……見られちゃいけない人に見られた!」

 見られた相手がせめてアルフだったら、スルーするか、見逃してくれただろう。もしかしたら、クロノを軽く諌める程度に収めてくれたかもしれない。だが、恥ずかしい場面を目撃したのはリンディだった。フェイトでもまずかったが、それ以上にリンディはマズイ。
 何せ、彼女はクロノの母親だ―――そんな人にあんな姿を見られて、クロノのもとへ嫁にいけるはずがない。

「クロノくんのばかあああああ!!!!」


 そう叫んで、彼女はクロノのベッドに拳を叩きつけた。クロノがリンディが事実誤認しているのと同じくらいの勘違いしていることも知らずに。




    ◇◇◇



「で、どうして僕に相談するわけ?」
「ロッサが捕まらなかったからだ………」

 無限書庫の一角で、ユーノはげんなりしていた。クロノからの急な調査依頼にてんてこ舞いだというのに、そのクロノ本人から映像通信が入れられ、中断させられる。自分で頼んだ仕事を自分で邪魔してどうするんだと、ユーノの頬はひきつる。しかも、ユーノにぜひ相談したいと言うならともかく、同世代の友人であるヴェロッサがいなかったからという、酷い理由でだ。それで怒らなかったら、ユーノは天使だ。なのはのバリアジャケットのモチーフもびっくりの。
 だが、実際は普通の少年なので、優しさにも限界がある。

「その場で、『僕と結婚すれば良い』って言えば良かったんだよ、ショックなんて受けずに」
「そう簡単に、いくか………」

 責任取るなんて言ったら別れると言われた男はユーノの言葉に対して首を横に振り、否定する。そんな彼に、ユーノはため息を吐いた。

「本当に嫌がると思ってるの? だとしたら、エイミィさんは可哀そうだね、自分の気持ちも察してくれない恋人がいるだなんて」
「なっ」
「好きな相手に結婚してくれって言われて、断る人じゃないだろう? 僕にだってわかるのに、何で恋人で、ずっとそばにいる君にわからないのさ」

 何故だかクロノの理解者になってしまった少年は語る。ユーノが知っている彼女はクロノの気持ちを無下にする女性ではないと。

「だから、クロノはダメなんだよ」
「くっ……」

 五歳も年下の少年にたしなめられる執務官。何とも間抜けな図だ。何とか言い返そうと考えるクロノと、呆れかえるユーノの耳に聞きなれた少女の声が届く。

「ユーノ! ちょっと聞いて! なのはが、なのはがあっ!」

 ユーノの現役恋敵から、新たに映像通信が入る。金色の髪と、赤い瞳。黒い髪と、青い瞳。対照的な姿がユーノの瞳に映る。呆れてものが言えない。
 互いの姿に驚くハラオウン義兄妹がギャーギャーと騒ぎながら、ユーノユーノと言っている。やかましい。ここがどこだと思っているのだ。

 ぶちっ。


「何なんだよ君たち兄妹はああああああああああ!!!!」


 常識的で優しいことに定評がある司書長がついにキレた。この日、時空管理局本局では訓練室で力加減を間違えたはやてとリインフォース・ツヴァイによって大雨が降った。これは温厚なユーノがキレたせいだと囁かれたのは言うまでもない。



―――結局、クロノがエイミィにプロポーズできたのは一年ほど先の話になる。まったく、ダメな男だ。


End

コメント

nophoto
yui
2010年7月3日11:20

コレは、上手くまとめましたね!!元を読んでるだけに、スゴイです今井さん。
でもこれは、15禁と言うより13禁ではないでしょうか

今井義王
2010年7月3日21:24

>yui様
コメントありがとうございます。
もともと不健全であることが前提の、話の主軸なので……話の流れが何か不自然で……無理やりすぎました。
これと同レベルの「夜天の王の御乱心」を某ポータルでR指定を食らったもので……私の中にはじゅうはちきんとじゅうごきんしかありません(笑)。

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